耶馬英彦

オットーという男の耶馬英彦のレビュー・感想・評価

オットーという男(2022年製作の映画)
3.0
 たまにこういう映画が作られる。嫌な感じの人間が実はいい人だったという話だ。ちょっと感動的な身の上話もある。どうぞ泣いてくださいという作りだが、いざ鑑賞してみると、大した感動はなかった。

 脳神経学者によると、セロトニンという神経伝達物質が脳に不足すると、人間は精神の安定を失ってキレやすくなるらしい。セロトニンの量が最大なのが25歳のときで、それ以降は減少の一途だ。つまり歳を取ると精神的に不安定になるから、怒りを抑えきれなくなるとのことだ。
 主人公のオット(日本語字幕はオットーだが、OTTOのスペルに伸ばす音はない)は、話の流れからすると60歳くらいと推定される。歳を取ってキレやすくなった老人のひとりだという印象を与えたいという製作者の意図が見える。

 オットの住む住宅は賃貸と分譲の両方の契約があって、分譲の住人は日本で言うマンションの管理組合のようなものを組織して、住宅のルールを決めている。オットはそのルールを忠実に守り、守っていない人に注意する。他人に積極的に関与するのだ。
 人間嫌いの人間は、他人との関係に消極的だ。つまりオットはそれほど人間嫌いではない。むしろ他人との関わりに喜びを見出そうとする、承認欲求の強いタイプである。序盤と中盤以降でオットの性格が変わってしまったように感じたのは、物語を進める上での必要性からだろうが、人間の性格が変わるためには、それまで生きてきた⅓の年数がかかるという。引っ越してきたメキシコ人の隣人とちょっと交流したくらいで変わるものではないのだ。違和感を覚えたことは否めない。

 オットの世界観は共和党支持者のように伝統を重んじる一方で、リベラル派のように他人の尊厳を尊重するという、矛盾を孕んだものだ。自分自身でとことん考えた訳ではないから、人生観に深みがない。大抵の人の世界観や人生観は、多かれ少なかれ矛盾があるし大して深みもないから、オットの世界観も人生観も強ち否定されることはない。
 しかし映画としてはオットの世界観が作品の世界観になるという側面がある。だから鑑賞後の印象は、世界観や人生観の浅い、とっちらかった作品というものになってしまった。トム・ハンクスの演技がとてもよかっただけに、少し残念である。
耶馬英彦

耶馬英彦