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それでも私は生きていくの海のレビュー・感想・評価

それでも私は生きていく(2022年製作の映画)
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わたしの内側には、外側の世界よりもずっと広い場所があって、日常の透き間でふいにその場所まで行けたとき、わたしはこのままどんなに不幸になってもわたしのままで生きていけるだろう、とおもう。日曜日の夜に、市電の窓から、ねむる黒くやわらかい獣のような海を見るとき。平日の早朝に、長い長い手紙への、長い長い返事を書き進めるとき。浴槽の中で、つい昨日自分で引っ掻いてできた首の傷をさわりながら、歌いだすくらいのかるさで泣きだすとき。ひさしぶりに見るレア・セドゥの、短い髪の毛先と首のうらを目で追い、レアを大切な旧友のようにいとしく感じながら、そういう瞬間のことを思い出していた。わたしは執拗な愛が好きだ。傷だらけになったひとだけに向かう信頼が好きだ。心がだめになりそうなひとを立ち止まらせる風と光と樹々が好きだ。愛するひとと交わす抱擁とそっくりな海岸という場所が好きだ。わたしは芸術のための芸術が嫌いだ。心や怒りや悲しみのともなわない言葉が嫌いだ。まちがいを許すためのひどいやさしさが嫌いだ。感情を殺し終えた人の空疎な正義と幸福論が嫌いだ。昨夜は、ずっと雨が降っていた。たった一通のメッセージに泣き出してしまうくらいの世界にいる彼女をみていて、わたしは愛について書かれたこの詩を思い出した。〝二つの名前の脆い繋がりのための誓いの言葉や 一冊の古い書類上での抱擁ではなくて 幸運なわたしの巻き毛への言葉や あなたのキスで燃え立つひなげしの花のことなのだ〟 抱きしめる、公園の大きな木を、束になり降り注ぐ雨を、いつも笑っているぬいぐるみを、あたたかな犬や猫を、まだ眠そうに揺れる子どもを、出会えないまま死ぬことにならずにすんだ大事なひとを。画用紙に重ねていく線のように、だきしめる、ほてる頬を、心地のわるい涙を、みえるものを、きこえるものを、わたしのぜんぶをわたしの体に置き去りにして、痛みと憎しみからそっと離したこの手で、今はあなたを抱きしめる。
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