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名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)のKinakoのレビュー・感想・評価

4.6
 これぞ劇場版!最大の悪役「黒ずくめの組織」とのバイオレンスな海上決戦、濃密なミステリー、どんでん返し、ロマンス、アクション、コメディと「名探偵コナン」は勿論、映画の全てが詰まった一大巨編。

 近年のコナンの映画は、劇場版らしい特別な舞台設定があり、さらにコナン以外の人気キャラクターにも大きなスポットを当てた脚本となっています。劇場版第23作「紺青の拳(2019)」では、京極真と怪盗キッドに焦点を当てた物語がシンガポールの統合型リゾート(IR)「マリーナベイ・サンズ」で展開されました。

 東京オリンピックを模したスポーツの祭典と超電動リニアを舞台に、FBIの赤井秀一とその家族が活躍する「緋色の弾丸(2021)」もあります。この様に「豪華な舞台」と「キーパーソンとなる人気キャラの活躍」が近年の売りの一つです。そして本作の舞台は海洋施設「パシフィック・ブイ」。キーパーソンは灰原哀です。

 近年の劇場版コナンは、キーパーソンと豪華な舞台と派手なアクションが目立ち、ミステリーの濃密さが薄れていると感じていました。コナンの魅力である緊迫した心理描写やその場の状況を活かした「現実でも出来そうな派手な演出」、つまりアニメだけど現実味を帯びたリアルなアクションもこれから減っていくのではないかと思っていました。

 しかし前作「ハロウィンの花嫁(2022)」でその懸念は払拭されました。ミステリー映画としての質の高さ、コナンというコンテンツを活かした展開、劇場版ならではのスケールが大きい事件と人気キャラクターの描写がしっかりと盛り込まれていたのです。劇場版初期のリアルで緊迫した雰囲気と近年の絢爛豪華な作風がバランス良くブレンドされた作品となっていたのです。

 一年前、エンドロール後の次回作告知で黒づくめの存在が仄めかれた際、「また黒づくめか…派手なアクションが売りのミステリーが薄い作品になるんじゃ…」と思っていました。色んなコナンがあって良いと思いますが、「ハロウィンの花嫁」の劇場版コナンとしての質が余りにも高かったが故に、そんな疑いを抱いて劇場を後にした事を覚えています。

 しかしそれは杞憂でした。まず本作はオープニングの製作者フォントやメインテーマからシリアスな雰囲気が漂い、冒頭から今回はダークな作風になるぞ!骨太作品になるぞ!という何やら不気味な緊迫感と製作陣の気概がスクリーンを通して伝わって来ます。

 今回の大きなイベントは「黒づくめとの海上決戦」と「組織に誘拐された灰原の救出劇」。アクション映画として十分面白くなる要素が揃っている中、さらにアッと驚く真犯人や濃密な謎解きが組み込まれています。こんな巧みな脚本の映画自体、そう何度も出会える事は少なく、劇場で公開されている内に観ないと勿体無い作品です。やはり日本はアニメが強いと感じました。

 ミステリー映画として後世に名を残す大傑作が「黒鉄の魚影」です。ではコナン映画としてはどうか。コナンの魅力はなんといっても「見た目は子供、頭脳は大人」の主人公像です。子供の容姿を活かした推理劇や007風のアイテムを駆使したアクションで読者を驚かせます。

 でも良い面ばかりではありません。コナンは蘭をデートに誘うどころか、彼氏として手を繋ぐ事も、ましてやキスする事も出来ない。彼女が辛い状態でも、電話越しだけで実際に側で寄り添ってあげる事すら叶わない。コナンは常に「子供であるからこその不憫さ」を感じ、葛藤し続けているキャラクターでもあります。

 この蘭との遠距離恋愛、近くにいるのに正体を隠し続けるやるせないロマンスが他の作品に無いコナンならではの要素です。本作でもコナンは様々な場面で、肉体的・精神的に子供の姿ゆえの不憫さを感じていると思われるシーンが随所にあります。

 その工藤新一の葛藤を分かってあげられる身近な理解者こそ、コナンと同じく薬で小学生になった灰原哀こと宮野志保なのです。本作は灰原の救出劇にスポットを当てた宣伝がされていますが、映画を観終えると、実は救われていたのはコナンであった事に気づきます。

 「コナンの中にいる工藤新一」の感情が理解できる灰原だからこそ出来たラストの粋な計らい、灰原哀という複雑なキャラクターが見せるクールなロマンチシズムに観客は唸らされます。コナンと灰原、互いの事情を知っているが故の特別な関係性が劇中で見事に表現されていました。

 コナンと灰原の関係性もそうですが、本作の根底には「人は見かけに寄らない」というテーマが内在している様に思います。容姿や肩書き、表向きの言動だけで他者の人格や想いを断定し、簡単に決めつける愚かさ、危うさを本作は伝えています。多様性にも繋がる問いかけだと思います。

 多様性とはつまり、一人ひとりが「色々あるんだろう」と互いを慮って許し合う姿なのではないかと感じました。では法律を犯したり他者に迷惑をかけてもいいのか?といえばそれは極論ですが、そういった許す土台が人々の心にあれば、大声で多様性をわざわざ掲げなくとも、皆が自然に自己を表現し、互いの違いを尊重し合える社会になるのではないかと思うのです。

 今回の舞台である「パシフィック・ブイ」は世界中の防犯カメラで犯人を割り出せる近未来システム。画期的なハイテク技術の様に思えますが、要は内蔵するAIが個人を判別するわけです。このシステムの是非、灰原とコナンの関係性、他にも様々な要素の根底にあるテーマは、一貫していると思います。

 それをどの様に受け止めるかは千差万別です。それ程に普遍的なテーマをコナンだからこそ出来るシチュエーションで観客に伝えています。面白い脚本の中でコンテンツの良さを活かすだけでなく、現代人に向けたメッセージまで組み込んである映画。今回で劇場版最終作かなと思う位のボリュームでした。

 また音楽を担当しているのは前作から引き続き菅野祐悟さん。私は作曲者の中でも菅野さんの音楽が大好きです。実写版カイジシリーズや数々のドラマのメインテーマの生みの親。今回も緊迫感と爽快感が入り混じった曲調が最高でした。特に「パシフィック・ブイ」初登場時の音楽は、格好良くてお気に入りです。サントラ買います!
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