Kinako

ボーダーラインのKinakoのレビュー・感想・評価

ボーダーライン(2015年製作の映画)
4.6
 原題はスペイン語で『殺し屋』の意味を持つ『SICARIO』。何故このタイトルがつけられたのか分かった時、警察と麻薬組織との抗争は一つの戦争なのだと心底から恐ろしくなります。この映画を撮った製作陣の技量に驚嘆。

 監督は『ブレードランナー2049』や『DUNE/砂の惑星』のドゥニ・ヴィルヌーブ。この人は、作品が持つ独自の世界観を丁寧に構築する天才です。その圧倒的な臨場感は、まさに劇場で映画を観ることの意義を感じさせてくれます。

 その臨場感の巨匠が、現代の麻薬戦争を描くのですから、本作はどんなホラー映画よりも緊迫感がヤバいです。この戦争映画が過去に起こった史実ではなく、今まさにメキシコという国が抱える課題であることが怖くて堪りません。

 主人公の名優エミリー・ブラント演じるFBI捜査官ケイトは、アメリカとメキシコの国境付近を占拠する麻薬組織を解体する為に集められた精鋭部隊にスカウトされます。私は鑑賞前、この主人公がヒロイックに麻薬戦争に立ち向かう様が描かれる映画だと本作を認識していました。

 ですが意外にも、優秀な捜査官である筈の主人公は、具体的な作戦内容も教えられず、見学者同然の立ち位置で精鋭たちとメキシコに同行させられます。何か手伝おうとしても、逆に大人しく見とけ!と怒られるのです。

 法の秩序がある様でないメキシコの犯罪現場では、外部に決して漏れない独自の捜査が行われている事が描写されます。警察官でさえ誰が麻薬組織に買収されているか分からないのです。理想主義者であり、本来の警察官のあるべき姿勢を貫く主人公にとっては、目を疑う光景ばかりです。

 つまり本作における主人公の視点は、観客と同じなのです。鑑賞中、私は独自の視点を極める人物に密着するTBS番組『クレイジージャーニー』を思い出しました。特に裏社会ジャーナリストの丸山ゴンザレスによる潜入取材のコーナーに似た緊迫感が伝わってきます。

 一般的に映画鑑賞というのは、面白い物語展開を期待して、主人公に何か変わった出来事が起きてほしいと思うわけですが、本作みたいなリアルな社会問題を描いた作品に関しては、何も起こらないでくれー!という気持ちになりつつ、凄まじい緊迫感に目が離せなくなります。

 そして秩序なき世界でなんとか理想を貫こうと踠く主人公の姿勢に感服します。味方すら敵に回す事になりかねない、険しい道だからです。ラストまで主人公が信念を持ち続けられているかっていう所も注目。

 この映画は、大義を達成する為なら、人の道を外れても良いのか?という問いかけを行なっています。ただでさえ白黒がはっきりしない状況の中で、私情を挟んで何が正義が分からなくなってる人物もいたりします。悲劇的な世界で活動する人物たちに警鐘を鳴らす一作です。

 非常にグレーな幕引きで終わる本作ですが、私はこの演出に心を動かされました。今すぐに主人公の様な揺るがぬ信念を持つ人になることは難しいかもしれませんが、いざという時にその場においてしっかりとした選択の出来る大人になる為に、普段から何か理想の様なものを追える人物になりたいなぁと感じました。
Kinako

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