Kinako

東京暮色のKinakoのレビュー・感想・評価

東京暮色(1957年製作の映画)
4.1
英題は「東京トワイライト」。暮色とは、夕暮れ時の薄暗さを表す言葉です。果たして本作ではどういう意味を持つのか…。

物語は、定年を過ぎた銀行員の杉山という男性が飲み屋を訪れる所から始まります。彼が帰る家には長女と次女がおり、どちらも「とある悩み」を抱えています。父子家庭という点にも注目です。

中でも次女の明子は、その悩みのの重大さゆえに、誰にも相談する事も出来ず悶々とした日々を過ごしています。ポスターに映っている、煙草を片手に物思いにふけった女性が本作の重要人物の明子です。

明子役の有馬稲子さんの演技力により、妖艶と純な香りが複雑に混ざり合った何ともいえない明子の雰囲気が見事に表現されています。どうしても目が離せません。

そして明子は、無理に悩みを周囲に打ち明けようとはしません。私は彼女ほどの悩みを背負っているわけではありませんが、家庭以外の場所で心の拠り所を作り、なんとか気丈に振る舞ってる彼女の姿にはどこか共感できる所がありました。

50年代の日本を味わってみたいというのが鑑賞のきっかけでしたが、家父長制やネットが無い事を除けば、殆ど現代とさほど変わらない日常風景描写の気がします。というか劇中で描かれる問題提起は現代にも通用するものです。

本作を撮った小津安二郎監督は、『七人の侍』の黒澤明に並ぶ世界的評価の高い巨匠監督です。『晩春』や『東京物語』等、映画史に残る数々の大傑作を生み、それらの作品は主に家族をテーマとして描かれてきました。

中でも本作『東京暮色』は、陰鬱さが特に際立った作品として知られています。鑑賞には注意が必要ですが、人生において観ていて絶対に損はありません。

ラストの登場人物の行動を通して、「家庭を持つ」という事に対する大切な視点がメッセージとして提示されます。人それぞれ家庭に対する価値観は違う筈なので、これが正しいとは断言しませんが、非常に参考になる考え方だと感じました。

劇中では、同じ曲調の華やかな音楽がずっと流れています。まるで何事もなく淡々と過ぎていく日常を表しているかの様です。そのせいか、登場人物がシリアスなやりとりをしている場面でも、それが些細な出来事の様に感じてしまいます。音楽の力は凄い。

これは意図的な演出だと思います。人間関係の悲劇というのは、突発的に起こるものだと思われがちですが、実はほんの些細なやりとりの積み重ねによって引き起こされるものであると本作は伝えています。

言い換えると、当たり前の日常生活の中にある「小さな綻び」に気づいた時、その向き合い方によって未来に起こる筈だった悲劇を回避できるかもしれないという事です。

日本人は「普通じゃない事」を必要以上に敬遠する傾向を持っています。平常を保とうとするあまり、何気ない日常における身近な人の「異変」に目を逸らしがちです。それどころか、場合によっては頭ごなしに叱責する事もあるでしょう。

これは日本人だけでなく、せわしない日常生活を送る現代人に共通した課題といえます。本作では家庭環境における様々な問題提起がなされていますが、この映画における音楽も重要な演出の一つなのです。

映画というコンテンツは勇気や希望、哀愁、切なさ等の様々な感動を与えてくれますが、本作からは反面教師的な学びを得ることができます。

鑑賞後に、何がこの家族の行く末を決める発端となったのか振り返ってみると、本作をより深く味わえると思います。恐らく観る人によって違う意見がたくさん出る事でしょう。完全なる一本です。
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