Kinako

スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバースのKinakoのレビュー・感想・評価

4.9
 コミックをそのままアニメ化したかの様なアクロバティックで斬新な映像美!心を揺さぶる脚本が話題を呼び、第91回アカデミー賞で長編アニメ映画賞に輝いた『スパイダーマン:スパイダーバース』!今回は前作のレベルを遥かに上回る、物凄い続編に仕上がっていた…!!

 アニメといえば日本、という認識は世界でも広く浸透していると思いますが、本作を見た限りだと、いずれすぐ追い抜かれても不思議じゃないと感じました。というかこのシリーズの新感覚な映像表現はアニメ史における革命だと思います。

 どうやって作ったのか分からない、まさにアメリカンコミックをアニメで表現する為に生まれた手法といえます。この先、アニメは、日本でお馴染みの平面のもの、ピクサーで話題となったCGアニメ、今回のようなコミック的な手法のもの…と色んな表現を楽しめる時が来るかもしれません。というか、今その時が来ています。

 そしてストーリーが凄く面白い。スパイダーマンは、マルチバースという概念が付きまとうヒーローです。いわゆるパラレルワールド。色んな次元の違う世界に、自分と同じ役割を持つ「もう一人の自分」が存在する訳です。

 我々の知る赤と青のスパイダーマンは、数多ある世界線の一つの姿なのです。マルチバースの概念とスパイダーマンを掛け合わせた造語が本作のタイトルにもある「スパイダーバース」。このシリーズは、本来なら出会う事の無い別次元のスパイダーマン同士が互いの世界に干渉する話です。

 前作では、スパイダーマンとしての役割に苦悩する主人公・マイルスの良き相談役、助っ人として別次元の個性豊かなスパイダー達が活躍しました。自分の悩みは、自分が一番よく分かるという事です。「自分と同じ役割を持つ存在」が側にいたら、どれだけお互いを労わり合えるだろうか…と鑑賞中は羨ましくなりました。

 しかし本作では、その別次元のスパイダーマンこそが主人公を悩ませる存在として牙を向きます!要するに「主人公vs別次元のあらゆるスパイダーマン」の構図が注目ポイントです。目が離せない展開ですが、本作はそれ以外にも、様々なメッセージが込められた脚本となっています。

 私はこの作品を全人類が観てほしいと思っています。何故なら「他者との理想像の乖離」という、誰もが悩むであろう普遍的だけど厄介な問題に主人公が苦しむからです。例えば、マイルスはスパイダーマンとして街の英雄ですが、その活動のせいで学業や私生活に支障をきたしています。

 スパイダーマンとしての活躍を知らないマイルスの保護者は、次第に不信感を抱き、彼の将来を心配しはじめる。どれだけ得意分野で自分の可能性を実感しても、本当に自分を信じてほしい人物から余計な心配をされる不快感ともどかしさ。それにマイルスは苦しみます。

 そしてマイルスには自分の「本当の姿」、「理想像」を知ってもらう術すらありません。しかも頼みの綱であった別次元のスパイダーマン達ですら今回は味方ではないという、前作とは対照的に今回のマイルスは孤立無援です。さらに、彼にとって絶望的な真実まで明かされます!一体何重苦でしょうか。果たしてマイルスはどう対処するのか…。

 彼の仲間である別次元から来たスパイダーグウェンも同じ様な悩みを抱えています。彼女の場合は、マイルスとは違う向き合い方をします。「他者との理想像の乖離」で悩んでる時は、ケンカせず、なるべく「一緒にいると自分を好きにさせてくれる人」と関わった方が良いと教えられた気がします。

 そしてスパイダーマンは、身近な人物の死が必ず起きる悲劇的なヒーローでもあります。それを阻止する事は不可能であり、仮にその運命を変えてしまったならば、世界を滅ぼす事に繋がります。詳しい理由は避けますが、要するにマイルスは「世界」と「身近な人」のどちらを救うか、究極の選択を迫られるわけですが…。

 マイルスの理想はどちらも救う事。そんな事は出来る筈もなく、世界を優先して救うのがヒーローであると考える他のスパイダーマン達とマイルスは対立するのです。つまり今作のマイルスは理想を叶える為に家族や友人、心の支えだったスパイダーマン達、あらゆる存在と対立し、孤立無援の戦いに身を投じます。

 つまり本作は、日常生活上の親子関係やあらゆる人間関係で起こる「他者との理想像の乖離」をスパイダーマンという題材を通して描き、その対処法と向き合い方を伝えている作品だと思われます。

 この作品を観れば、何か人とは違う理想を追っている際、他者や社会的にどう評価されようとも、例え孤立しても、「結局は自分の理想を叶えられるのは自分しかいない」、「他者の評価に頼らず、自分がどう在りたいかは自分で決めていい」という事をマイルスから学び、勇気が湧いてくる筈です。

 そしてスパイダーマンファンなら思わず目から鱗のとんでもないサプライズが用意されています。これは映画史を揺るがすシーンです。とにかく情熱のこもった作品である事は間違いないので、何かで悩んでいたら、まずはこの映画を観て、ワクワクして頂きたいと思います。
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