Masato

怪物のMasatoのレビュー・感想・評価

怪物(2023年製作の映画)
4.3

齟齬

是枝裕和と坂元裕二の奇跡のタッグで作られた作品。公開前からカンヌでの記者会見の発言が問題となって騒がれていたが、まさにその問題が本作でテーマとして描かれていてビックリした。

ある少年二人の事の顛末を様々な視点から黒澤明の羅生門的な多元焦点化技法で描いた作品。脚本賞になっただけに映画としては見本のような構成で優秀ではあるが、カッチリし過ぎて個人的には突き抜けた感覚はなくて傑作というほどではなかった。優等生作品といったところ。

坂元裕二脚本でも是枝らしさが全開だった。本作のテーマは監督が「万引き家族」、「ベイビーブローカー」で描いてきたことそのものであり、それだけでなくそのテーマがより露骨に描かれていて核心により迫っていた。

万引き家族から、登場人物たちを描く視点の切り替えを多用している。わたしたちがそのキャラに対して抱く先入観を利用しようという考えだ。最初は相容れないように露悪的に描かれているが、バックボーンが徐々に明らかになればなるほど共感と理解を得てしまう。その変化に気付くことで考える余地が生まれる。わたしたちが常に体験している、先入観からなる歪んだ"事実"と実際に存在している紛れもない"事実"もとい"真実"との乖離を描いていく。

万引き家族ではその要素が映画内においてはさりげなく描かれていたが、「ベイビーブローカー」ではソン・ガンホら主人公たちを追うペ・ドゥナが演じる刑事の視点が加わることによって主人公たち以外から見た彼らの存在が犯罪者というステレオタイプに内包されて描かれていてより顕著になっていた。

それが本作では脚本のプロットそのものがそうした要素を核として作っているところに脚本兼任ではないのにそうなっていることの意外性があった。人は先入観や偏見なしで物事を見るということは不可能だし、より感情的になればなるほど先入観を捨て去ろうとする理性が機能しなくなりよりバイアスがかかる。そういう意味では、誰もが怪物になり得てしまうという恐怖を描いていて良かった。

またこれまでと同様に事実と本当の実情は乖離していることを見える部分、見えない部分の答え合わせを通して描いている。我々が噂の言伝で耳にする出来事やニュースで報道される"事実"はそれ以上でも以下でもない。その事実の裏にはなにがある?と自問し続けていれば、とやかく糾弾することはなくなる。逆に言えば、人は人を容易く糾弾することなんてできないし、するほうがおかしいのだ。今や誰もが意見を発信し有象無象に飛び交っているSNS社会だからこそ身に沁みるテーマだ。

ここでカンヌの記者会見での話に戻ると、「LGBTQに特化した作品ではなく、少年の内的葛藤と捉えた」ということに対してSNSで「まるで分かっていない」と批判が殺到していたが、まさに本作が描いてきたことそのものではないか。その言葉だけで判断して糾弾する。実に愚かだ。確かにLGBTQをストーリーのミステリー要素として利用したことについては当事者の想いを汲む必要はあるが、私はその問題に対して如何に真摯に向き合っているかが重要だと思う。

本作は日本社会の端々に男性は男性的でなければならなく、そうでなければ笑い者として扱われるといった空気感を見事に描いていた。ラグビー選手の父親や毒親から描かれるToxic Masculinityやテレビのオネエタレントが笑いものにされていて、それが小学生に影響されイジメが起こる現象が非常にリアル。そうしたものが積み重なり「男の子が好きなのは普通じゃないから抑えないといけない」という抑圧につながって、それ故に怪物になってしまう。そうした二次加害のリアルを描いていたのな良かった。

そもそもLGBTQを主題として描かれていないということが一番。抑圧の対象とされている少年がその葛藤ゆえに攻撃性が出てきて暴走していく様を描いていて、これはセクマイのみならず、様々な要因で抑圧に遭ってしまっている人間たちの物語でもあり、自己意識が高まり特別と思うが故に孤独感を得てしまう思春期の心情を象徴として描いたものだ。

これはアメリカ映画の「パワー・オブ・ザ・ドッグ」でも描かれていた。アメリカ開拓期のマチズモが主人公の心を抑圧していくことで攻撃的になる男の物語だった。それと非常に似通っている。

140文字では片付けられない複雑で多層なテーマや問題が敷き詰められている作品であるので、非常に見応えがあったしとりあえず見てからあれこれ言わなきゃならないよねって痛感する。自分もやってしまうから自戒も込めて。

一つ難を挙げるとするならば、優秀すぎたと上述したように全体像が早い段階で見えてしまってその通りにしかいかないのと、答え合わせがこの映画の着地点であるのが惜しかった。ものすごく味気ない。それ以上のものを描いてほしかった。まあ放り投げるのが是枝監督ではあるけど。


子役の演技力と指導力は言わずもがな、瑛太と田中裕子は凄まじかった。あの演じ分けは圧巻。監督の意図を期待以上に反映させてると思う。

台風や火事などの出来事をシンボリックに描くのは相変わらず。海よりもまだ深く思い出した。
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