ヒナウラ

夜明けのすべてのヒナウラのネタバレレビュー・内容・結末

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

映画全体的に、物語も、登場人物も、温かい雰囲気が漂っている。描かれている季節は冬なのに、伝わってくるのは、温もりのようなもの。例えば、寒くても昼間の低い日差しにしばらく暖かさを覚えるような、寒くても手袋をしている手の中でどこか暖かさを覚えるような。

それでいて、春ではじまる映画の冒頭は、そのような温もりがまるで感じられない。
どしゃ降りの中、スーツ姿の女性は、屋根のないバス停のベンチに座り込んでいる。体調の乱れ、精神バランスの崩壊に近い絶望感の末、雨宿りさえできず、いや、そんなことはどうでもいいのだ。しばらく彼女の背中を捉え続け、時折画面は通り過ぎる人で遮られたりもする。警察官ふたりが声をかけたときに映し出される彼女の顔は、雨のせいか涙のせいかで化粧が落ち、黒い目の周りが印象的。

あるいは、5年後。発作を起こし早退した山添くんに付き添う藤沢さん。その後の彼のアパートの玄関前での二人のやりとり。彼の障がいに気づき、自分の病気を打ち明けた上で、先輩として励ました藤沢さんに対して、疑問を投げかける山添くん。そのときの緊張感。それは、ヨガ終わりの藤沢さんに起こる症状を、鏡越しに描く場面にも通じる、一瞬で走ってくる、ぎこちなさの緊張感。この映画は、希望に満ちた温もりのようなものを全面的に伝えるようでいて、日常にはらむ不穏さみたいなのを何気に挟み込んでくる。温もりもあれば冷たさもある。その事実を対比ではなく、空気の流れのように描いてみせるところに、共感と、すごさを感じた。

『ケイコ 目を澄ませて』に続く、三宅唱監督作品の鑑賞。警察官ふたり、季節、都市の情景、高架下、鏡、電車、リズムのある音、いろいろなところで共通の描写があるように思えた。


決して濃密ではなく、なんとなくつながっている。なんとなくがゆえに、時折、前後のつながりがないというのか、起因が見られない言動が描かれるものの、そういうものかなと、それこそなんとなく感じてはいた。
ところが思い返していて、「手渡す」「受け取る」といった描写がとても多い気がした。それも、たんに「手渡す」「受け取る」だけでなく、うまく手渡せなかった、うまく受け取れなかった、あるいは、どのように手で渡したり、何かを通じて渡したり、受け取るのか、それから、それぞれ行為する立場の逆転、といったことまで含めて、「つながり」を見せる表現として、ひそかに行われている気がした。

警察署でサインするときに受け取ったペンを一度落とす藤沢さんの母。
藤沢さんの差し入れを受け取る栗田科学の人たち。
藤沢さんは、山添くんに直接手渡すが、クリームが苦手と返す山添くん。
イライラが表に出たあとの藤沢さんからの差し入れの漬物を受け取る山添くん。
発作を起こした山添くんに薬を渡す藤沢さん。
山添くんは、社長に湯呑みを渡し、藤沢さんから上着や鞄を受け取って早退する。
藤沢さんはマイバックに、飲食物を入れて、山添くんに渡す。
藤沢さんは、山添くんに自転車をあげる。
山添くんは、通っているクリニックの先生から、PMSに関する本を紹介され、借りる。
仕事納めの日、藤沢さんは、山添くんから駐車場に呼び出され、洗車を依頼され、その間に山添くんは飲み物を買ってきて、藤沢さんに渡す。そのとき、山添くんは、フタをあと一回しで開けられるまで回して藤沢さんに渡す。でも、「はいはい」の2度のハイにイラ立つ藤沢さん。
正月休み。それまで幾度も荷物を贈ってくれるけれど、いつも寝てしまっているのか、お礼の電話に出なかった母のもとへ里帰りする藤沢さん。母が世話になっている施設の方にもちろん差し入れをするけれど、ここでの驚きは、母から手編みの手袋を初めて手渡されること。
山添くんの不在でお守りを渡せなかった藤沢さんは、山添くんの恋人に出会い、その後彼女に、たくさん買ったお守りを差し出し、彼女がその中から選んで受け取る。
里帰りしなかった山添くんは、かつての職場の上司からおせち料理のおすそ分けを手渡され、喜ぶ。
転職活動中、プラネタリウム上演のチラシを、転職エージェントの方だけでなく、喫茶店の店員さんにも渡す藤沢さん。
山添くんから、栗田科学で働き続けることを伝えられたかつての職場の上司は、その場にいた息子からハンカチを手渡される。
買ってきた惣菜を山添くんのアパートの玄関先で彼に渡す恋人は、そのあと、中に入ることなく、ロンドンへの転勤を告げる。
藤沢さんのスマホやプラネタリウム上演での原稿を、あのときのマイバックに入れて、さらにかつてもらった自転車に乗って届けに行く山添くん。インターホン越しの会話ののち、マイバックをドアノブにかけて帰る山添くん。
その帰り、おそらく藤沢さんとスマホでやりとりした山添くんは、栗田科学のみんなにたい焼きの差し入れをする。
故郷にUターンした藤沢さんは、施設に行く母に手荷物を、映画で初めて、手渡しする。

ただ、栗田科学の社長は、たとえば職場でのいくつかの差し入れのときでも、その手渡しや受け取りの行為になかなか直接的に参加できない人であり、むしろ彼は自分の手で取る人のように思えた。自死した方の遺族のコミュニティに参加する彼は、自らサークルの中央にある木の棒を手に持って話を始めていた。直後、同じ場にいた山添くんのかつての職場の上司も同様に、自ら手にして話し始めたが、となりの女性に促されるようにして木の棒を渡したのとは対照的だ。栗田科学の一週間を終える頃にお酒を注ぐことも、倉庫で見つけた弟との懐かしい写真を見つけて手に取るところも、山添くんが置いたヘルメットを取って被ってみせるところも、あるいは、シャッターを開けたり、花に水をやることも。
しかし、どうしても受け取らなければいけない場面があった。藤沢さんからの辞表届である。手渡した彼女からの感謝の言葉を、はぐらかすかのように天気の話をした彼の態度は、その直後に出社してくる社員たちに彼女の辞意が判明してしまわないようにといった配慮とかではなく、かつて、「今日も暑うなるぞ」と口にした笠智衆演じる平山周吉に、さらには「いい天気だ」と口にした高堂國典演じる間宮茂吉に、なんとなく呼応しているかのようだった。
ヒナウラ

ヒナウラ