耶馬英彦

12日の殺人の耶馬英彦のレビュー・感想・評価

12日の殺人(2022年製作の映画)
4.0
 なかなか味のある刑事モノで、観ごたえがあった。

 フランスの田舎町が舞台だ。日本と同じく、都市は個人主義が進んでリベラルな雰囲気なのに対し、田舎は保守的で息苦しい。独善的な人間も多く、パターナリズムや差別が横行する。刑事たちも同じで、権威主義に毒されており、権力を笠に着る。
 主人公ヨアン刑事も例外ではない。そこに本作品のよさがあると思う。主人公に対しても容赦がない。人間の弱さに対する厳しい見方を徹底させている。ドミニク・モル監督は、前作「悪なき殺人」でも人間の弱さと、性欲の奴隷みたいな哀れな姿を冷徹に描き出した。

 人間の弱さは、憎しみや不寛容となって表出する。弱いくせにプライドは高いのだ。ヨアン刑事に取り調べを受けた男たちの供述には、性に奔放な被害女性に対する侮蔑と、くだらないプライドが見え隠れする。
 プライドは往々にして争いの元になる。ちっぽけなプライドのために人を殺したり、いじめをしたり、あおり運転をしたりする。エスカレートすれば、戦争になる。誤解を恐れずに言えば、男性は女性よりも圧倒的にプライドが高い。戦争は女の顔をしていないと言われるように、戦争を始めるのは殆ど男たちだ。

 男と女の越え難き溝と、男性であるヨアン刑事は言う。しかし女性判事は、事件解決のためには越え難き溝を認める訳にはいかないと言う。このシーンには深い意味がある。男は相互理解を諦めて、意見の対立する相手を叩き潰そうとする。つまり戦争だ。しかし女は相互理解を諦めない。解決するために無限にでも話し合う。つまり戦争回避だ。

 戦争というと大袈裟だが、相手の立場を認める寛容さがあれば、殺人もいじめもあおり運転も激減すると思う。クララも生きたまま焼き殺されることもなかっただろう。クラクションを鳴らされたことで腹を立てる精神性は、身勝手な子どもの精神性である。人類はいつになったら大人になれるのだろうか。
耶馬英彦

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