ミヤザキタケル

ミッシングのミヤザキタケルのレビュー・感想・評価

ミッシング(2024年製作の映画)
4.1
娘が失踪してしまった夫婦と、彼女たちを取り巻く人間模様を描く𠮷田恵輔監督作。

世の中で起きるありとあらゆる悲しい出来事や惨たらしい出来事の数々。それらを前に胸を痛めたり怒りが込み上げる瞬間はあっても、一つひとつの出来事に全身全霊で向き合い続けていたら身も心も保たない。だからこそ、人は良くも悪くも受け流す。誰だって自分の生活や直面している問題で精一杯。自分にとっての優先順位に従って、不必要だと思えるものには目を瞑る。そんな風に、日常であれば向き合わずに済むであろう事柄に向き合う稀有な機会をこの作品は与えてくれる。

想像してみて欲しい。失踪した娘の安否も分からず、これといった手掛かりもない。娘が無事帰ってくる保証もなければ、その苦悩の日々にいつ終止符が打たれるかも分からない。そんな状況の中で生きていくのは、地獄ではないだろうか。明確な答えや結論を得ることのできない苦しみやもどかしさというものがあると思う。何かしらの答えや結論を得られるからこそ、人は次の一歩を踏み出すことができる。もしくは、折り合いをつけるなりして別の道を模索することができる。しかし、彼女たちにはそれが許されない。「許されない」ということはないのかもしれないが、娘が見つからないことに折り合いをつけてしまったのならば、きっと何か大事なものが壊れたり形を変えてしまう。あくまでも“観客”という立場ではあるものの、劇中の夫婦に寄り添っていく過程で、日頃向き合わずに済んでいる苦悩や葛藤に直面する。当事者にでもならない限り向き合うことがないであろうさまざまな事象に思いを馳せる……。

また、無関心で他人事を決め込んでいられるのがニュートラルな私たちだからこそ、人の目に留まるようマスコミなどは創意工夫を図るし、そういったものに食いついてしまう私たちがいる。それが良き創意工夫や脚色と呼ばれるものであれば良いが、時に歪められ、偏向されたものが届けられることが多分にある。そして、それを鵜呑みにして誤解や曲解をしてしまうから、心無い言葉や罵詈雑言も発してしまう。そういった今日におけるマスコミ・インターネット・SNSなどの問題点や、それらに翻弄されてしまっている私たちの現状や惨状をも本作は炙り出していく。

この作品を目にしたのならば、何かしら響くものがきっとある。しかし、そうして揺り動かされた心も、所詮は一過性のものに過ぎず、長続きはしない。数日も経てば元の無関心な自分へと戻っていく。悲しいかな、人間なんてそんなもの。だが、せめてそんな自分に自覚的でありたい。そう思えた。そう思わせてくれることこそ、この映画の素晴らしさなのではないだろうか。

これまで目にしたことのない質の演技を魅せる石原さとみさんの姿も必見です(僕の中で、俳優としての彼女に対する評価がガラッと変わりました)。
ぜひ劇場でご覧ください。