Masato

落下の解剖学のMasatoのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.4

パルムドール受賞作、アカデミー賞5ノミネート作品。

海外では絶賛多めだが、日本ではわりと賛否が分かれている本作。自分は最高だった。言葉をここまで冷淡に残酷に静かに人を傷つける暴力的なものにするシチュエーションを作り上げた脚本に圧倒させられる152分。法廷・会話劇の一つの到達点とも言える作品。西川美和監督の「ゆれる」を彷彿とさせる、どんなアクション映画よりもバイオレンスでスリリングな会話劇だった。犬がノミネートされてる主演を食う演技してる映画でもあった。

証拠という証拠が何も無い不審死。どの人間もコンテクストから推測するしかない状況で、夫の死に至るまでの家族の実情が法廷という場で詳らかにされていく。真実しか語ってはいけない法廷で語られていく事実、そして真実とは程遠い推測、真実かどうか定かではない証言、そして嘘。

何が真実で虚偽なのかが渾然一体とした法廷で妻と息子が残酷な言葉によって傷を負っていく。専門家などの現場の推測を映像にするとき、それが息子の脳内でイメージされていることを強調するシーンがとても残酷。また、夫婦の関係を詳らかにされていって、プライバシーが悉く破壊されていくシーンも残酷。執拗に妻と息子の顔を映し、まるでナイフを何度も突き刺しているかのように傷を与えていく展開に心が苦しくなる。それが家族たちに寄り添うように描かれるのではなく、全てが公平に描かれている。それにより善悪の倫理観が切り離されていき、よりドライな容赦無い残酷さを見せていく。

また人間の多層で多面的な複雑すぎる部分を描いているところも良かった。誰にもその人の本当の事なんて分からない、知ろうとしても知ることなんて出来ない。それはどんな言葉をもってしても、どんな証拠があったとしても無理だ。全ては推測でしかない。夫婦関係にしても、親子関係にしてもそれは変わらない。すべての言葉はその時の感情、環境、関係性によって歪められていく。本当の真実なんて存在しない。本人ですら真実を知ることができない。あるのはそれをしたという行為のみだ。

法廷もとい社会においては無理にでも真実をハッキリさせなければならない。この家族におきた悲劇には、有罪も無罪も存在しない。しかしそのジャッジを受け入れるしか無い。その嬉しいとも哀しいとも言えないモヤッとした感情。ただ残されたのは法廷で抉られた傷だけという救われない結末。不条理にもなり得る司法に対する一種の皮肉でもある。

まさに息子のダニエルの存在そのものが真実に対するわたしたちのメタファーだった。

これらは倫理観から完全に切り離されており、推測でしか真実を語ることが出来ない舞台を作ることが出来ているからこそ描けるもの。それが凄まじい。

ザンドラ・ヒュラーの演技はもちろんのこと、息子ダニエル役の子も凄まじい。感情的なのに、何考えてるかわからない絶妙な演技。そしてパルム・ドッグ賞のメッシ、普通に危害加えてるようにしか見えないくらいの名演技でヤバかった。どうやって演技させてるのか気になる。
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