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落下の解剖学のnanaのネタバレレビュー・内容・結末

落下の解剖学(2023年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

一軒の家の中で起きたとある家族の事件とか、割と自分が一番好きなタイプの映画で、原作・松本清張、脚本・橋本忍、監督・野村芳太郎的な、60〜70年代くらいに作られた凄く面白い日本のサスペンス映画みたいな香りもする作品でした。

主演のザンドラ・ヒュラーの演技は素晴らしく、英語・フランス語・ドイツ語を使い分けながら「疑惑の妻」を、可哀想な人にもいわゆる悪女にもなりきらない絶妙なバランスで演じきっています。
自分の第一言語でない場所で裁判沙汰になる際、言葉が不自由というだけで不利な状況になり得る、ということも改めて気付かされました。
そして印象に残るのは、カンヌ国際映画祭でその年のパルム・ドッグ賞を受賞したのも納得な犬の名演。今どき動物に無理やり何かさせて演技を引き出すということはまずあり得ないので、あれは全て演技ということ…。
時折ドキュメンタリーのようになるカメラワークも面白いです。

ひとつずつ、捜査とそこからの裁判を通して事件が解剖されていきます。
今作の巧妙な部分は、回想シーンの使い方にあります。
白眉とも言える夫婦喧嘩のシーンは、途中まで夫婦が言い合う映像が実際に流れるものの、それがエスカレートし暴力的な音がし始めたところで映像が法廷の、現在のものに戻る。つまり、決定的なところは音だけは聞こえるが何がどうなっているのかは観客の想像に委ねられます。
終盤に息子が再び法廷で証言をするシーンも、父親が何か口を動かして彼に語りかけている映像が回想されますが、そこは音声がないため本当に息子の証言内容を話していたのかは分かりません(個人的には、息子の最後の証言はかなり怪しいと思う)。

最後まで観た後に強く思ったことは、裁判というのは事件の決着をつけるために行われるものであるけれど、決して事件の真相が判明する場ではないということ。被害者が亡くなっている場合、もうその人の声を直接聞くことはできないので当たり前ですが。
どこまで考えても藪の中な人間というものの複雑さ、分からなさを描いたこの作品。もちろん、そこには物事を一面でしか見ないこと、人をイメージで勝手に決めつけてジャッジすることの危険性も含んでいます。
あなたはどう思う?と、観た人同士で思わず語り合いたくなるような、今年最重要作の一本でした。
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