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関心領域のDickのネタバレレビュー・内容・結末

関心領域(2023年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

❶147/関心領域/2023/米・英・ポーランド/0528/4C★★★☆/7.4/M.1/12:10/50/184
❷165/関心領域(R)/2023/米・英・ポーランド/0618/4C★★★☆/7.4/M..3/11:45/20/110

No.(年始からの通算本数)/タイトル(Rはリピート)/製作年/製作国/観賞日/マイ評価(5点満点/★1点 ☆0.5点)/IMDb評点(10点満点)/劇場/時刻/観客数/定員

【作品概要】

■原題「The Zone of Interest/関心領域」■監督・脚本: ジョナサン・グレイザーJonathan Glazer(1965LDN生れ)/57歳、原作:マーティン・エイミス、EP: (7名)、製作:(2名)、共同製作:(2名)、撮影監督:ウカシュ・ジャル、美術:クリス・オッディ、音楽:ミカ・レヴィ、音響効果:ジョニー・バーン&ターン・ウィラーズ(AA音響賞受賞)、編集:ポール・ワッツ■出演:クリスティアン・フリーデル:Rudolf Höss、ザンドラ・ヒュラー:Hedwig Hoss■DCP上映(画質:上)/C105■Aspect Ratio:1.85■独・ポーランド・イディッシュ語(中欧・東欧のユダヤ人の間で話されている言語。ユダヤ語とも称される。)■劇場公開日:2024年5月24日

●解説(出典:映画.com&公式パンフ):
「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」のジョナサン・グレイザー監督がイギリスの作家マーティン・エイミスの小説を原案に手がけた作品。ホロコーストや強制労働によりユダヤ人を中心に多くの人びとを死に至らしめたアウシュビッツ強制収容所の隣で平和な生活を送る一家の日々の営みを描く。タイトルの「The Zone of Interest(関心領域)」は、第2次世界大戦中、ナチス親衛隊がポーランド・オシフィエンチム郊外にあるアウシュビッツ強制収容所群を取り囲む40平方キロメートルの地域を表現するために使った言葉で、映画の中では強制収容所と壁一枚隔てた屋敷に住む収容所の所長とその家族の暮らしを描いていく。第76回カンヌ国際映画祭ではパルムドールに次ぐグランプリに輝き、第96回アカデミー賞では作品賞、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞、音響賞の5部門にノミネートされ、国際長編映画賞と音響賞の2部門を受賞した。出演は「白いリボン」「ヒトラー暗殺、13分の誤算」のクリスティアン・フリーデル、主演作「落下の解剖学」が本作と同じ年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したサンドラ・ヒュラー。

1.はじめに:ジョナサン・グレイザー監督との相性

❶ジョナサン・グレイザー(注1)の長編監督作品は、10年振りとなる本作を含め4本あり、内3本が日本で一般公開されている。その全てをリアルタイムで観ているが、相性は並。
①2023年 『関心領域』
本作/評点70点。
②2013年 『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』
2014.10公開/2006.12鑑賞/評点40点。
③2004年 『記憶の棘』
2006.09公開/2006.10鑑賞/評点60点。
④2000年 『セクシー・ビースト』
未公開。

(注1)ジョナサン・グレイザー(出典:公式パンフ、英語版wikipedia)
①1965年ロンドン生まれ。祖先はウクライナ=ベッサラビア=モルドバ系ユダヤ人。ノッティンガム・トレント大学を卒業し、演劇監督や映画・テレビの予告の制作でキャリアを始めた。その後ミュージックビデオを手がけ、97年にはMTVのディレクター・オブ・ザ・イヤーを受賞。『セクシー・ビースト』(00)で長編映画監督デビューを果たすも、ニコール・キッドマン主演作『記憶の棘』(04)を発表後はMVの世界を中心に活動。ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門に招待され、「カイエ・デュ・シネマ」「ガーディアン」ほか数々の海外有力誌の年間ベスト映画に選出されたスカーレット・ヨハンソン主演『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(14)を経て、『関心領域』は10年ぶりの長編監督作となった。

2マイレビュー:◆◆◆ネタバレ注意

❶相性:中。
★込められたメッセージには心から共感し賛同するが、凝った描き方が肌に合わない。

❷時代:1943年~1944年頃、及び現代。

❸舞台: アウシュビッツ、オラニエンブルク(ベルリン近郊)。

❹主な登場人物
①ルドルフ・ヘス〔ヘース〕(Rudolf Höß, 1901~1947)(クリスティアン・フリーデル):主人公。実在。アウシュビッツ強制収容所所長(親衛隊中佐)。目的と課題は大量の囚人たちを効率的に始末すること。1943年にオラニエンブルク(ベルリン近郊)の親衛隊経済管理本部に異動するが、翌年にアウシュビッツに復帰する。
★ナチ党副総統のルドルフ・ヘス(Rudolf Heß)とは同じカタカナ表記だが、姓のスペルが異なり(ウムラウトとエスツェット)、全くの別人である。
★『ソフィーの選択(1982米)』の主人公ソフィー(メリル・ストリープ)は、アウシュビィッツ強制収容所の生存者で、ルドルフ・ヘスが実名で登場していた。
②ヘートヴィヒ・ヘス(ザンドラ・ヒュラー):ルドルフの妻。実在。庭と草花を奇麗に手入れすることが趣味で自慢。隣で行われているホロコーストには無関心。
③ヘス夫妻の5人の子どもたち:実在。楽しく無邪気な日常生活を送っているが、ホロコーストの心因的ストレスを受けている様子が伺える
④ヘートヴィヒの母:実在。ヘートヴィヒに招待されてやって来るが、隣の収容所のことを知り、早々と帰っていく。
⑤ヘス家の召使いたち。
⑥ドイツ兵たち。

❺考察1:画面構成
①本作には、4種類の画面が登場する。
ⓐ通常のカラー画面
ⓑ黒のモノクロ画面
ⓒ赤のモノクロ画面
ⓓ赤外線カメラで捉えた少女の黒のモノクロ画面
②メインタイトルの後、画面が暗転し、黒一色のモノクロとなる。聞こえるのは不快な不協和音のみ。これが数分間続く。やがて鳥の鳴き声らしきものが聞こえてくる。
③一転して、画面は青い空と陽光と緑と清流の美しいカラーとなる。主人公ヘス一家のピクニックの日だ。
④一家の帰る先は、芝生とプールのある広い庭と、2階建ての華麗な邸宅である。
⑤序盤では、夜の暗闇の中で、一人の少女がリンゴを埋めているサーモ映像が、黒のモノクロ画面で描かれる。
⑥中盤では、赤い花がアップとなり大きく広がって、画面が赤一色のモノクロになるシーンもある。
⑦これ等の映像に対する説明は一切なく、観客の判断に委ねられている。
★私は、黒は「無関心」、赤は「血」、サーモ映像は「温かさ」を代表しているように思った。
❻考察2:ヘス一家の生活と関心領域
①ヘス一家は恵まれた生活を送っているが、一面の壁で隔てられた隣は、連日多数の人が虐殺されているアウシュビッツ強制収容所だった。
★これが実話だったことに衝撃を受けた。
★前述の不協和音は、収容所から聞こえるホロコーストの音を模擬したものと思われる。
②ルドルフはホロコーストの実行者である。ヘートヴィヒも収容所の中で何が行われているかを知っていた。
③ルドルフとヘートヴィヒは、家庭では普通の「善き父」と「善き母」である。
④そんな普通の人が、人類史で最悪と言われる行為に加担する。
★もはや、彼等は人間とは言えない。
⑤しかし、そんな普通の人が、戦争になると、人が変わってしまう。恐ろしい。それが「戦争」なのだ。
⑥ここで思い出すのが2013年に公開された『ハンナ・アーレント』。
ホロコーストを生き延びたユダヤ人哲学者ハンナ・アーレントは、アイヒマンの裁判(1961)に立ち会い、その傍聴記を発表して主張する:
「世界最大の悪は、平凡な人間が行う悪なのです。そんな人には動機もなく、信念も邪心も悪魔的な意図もない。人間であることを拒絶した者なのです。そしてこの現象を、私は『悪の凡庸さ』と名づけました」。
「人間であることを拒否したアイヒマンは、人間の大切な質を放棄しました。それは思考する能力です。その結果、モラルまで判断不能となりました。思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走るのです。私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬよう。」

❼考察3:今は博物館になっているナチスの強制収容所
①本作のラスト直前で、画面が突然現在の「アウシュビッツ・ビルケナウ国立博物館」に飛ぶ。そこでは清掃員たちが開館前の清掃を行っている。大きな窓の向こうには、亡くなったユダヤ人たちの遺品(靴や杖や写真等)が山積みになっている。
★つまり、80年以上前のホロコーストの悲劇が、現在でも学ぶことが出来るようになっているのだ。
②ナチス・ドイツは、ユダヤ人、反ナチ分子等々の該当者を収容するために、ドイツ本国及び併合・占領したヨーロッパの各地に強制収容所を設置した。
③最も悪名高い「アウシュビィッツ=ビルケナウ強制収容所(現在のポーランド)」を始め、最初に作られ後続の強制収容所のモデルとなった「ダッハウ強制収容所(ミュンヘン近郊)」等、2万ヵ所もあったという。
④現在では、多くの元収容所が整備されて博物館や付属施設となっている。忘れてしまいたい負の歴史を保存・継承し学習して、同じ過ちを繰り返さないようにするためである。
★ドイツのみならず、ヨーロッパ各国の学生や社会人が訪問して、体験学習出来るようになっている。
⑤これ等の博物館から学ぶことをテーマにしたドキュメンタリーで、優れたものが幾つかあるので紹介しておく。
ⓐ『北のともしび(2022日)』 2022年公開/100点: 「ノイエンガンメ強制収容所記念館」(ハンブルク)
ⓑ『アウステルリッツ(2016独)』 2020年公開/90点: 「ザクセンハウゼン追悼博物館(ブランデンブルク州)
⑥私は、「ダッハウ強制収容所」を2011年に見学している。収容房、バラック、ガス室等の現物や、写真、展示物等過去の残虐な行為を自分の目で見て大きな衝撃を受けた。他国の出来事とは思えなかった。こんな悲劇は二度と起こしてはいけないと痛感した。他の見学者も基本的には同様だと思う。たとえ観光コースであっても、悲劇の遺跡を自分自身で体験することは、風化を防ぎ、未来へ継承するために、大きな意義があると確信する。
⑦日本には、「広島平和記念資料館」、「長崎原爆資料館」等の貴重な資料館があるが、それらは全て被害者の立場のものである。小生の知る限りでは、「アウシュビッツ強制収容所」や「ダッハウ強制収容所」等、加害者の立場のものは日本には皆無だ。従軍慰安婦や朝鮮人強制労働等加害者側のものがない。これが問題なのだ。触れられたくない過去を裁くことは、大変つらいことだが、このけじめをつけない限り、自分たちを含め、被害者の信頼を取り戻すことは出来ないと思う。

❽まとめ
①80年前のナチスによるホロコーストの後、現在に至るまで、世界には同じような残虐行為が後を絶たない。
②アウシュビッツだけでも100万人以上の命を奪われたユダヤ人が、今ガザ地区で、何万人ものパレスチナ市民の命を奪っている。
③そして、ホロコーストがあったことを否定する声も増えている。事実を否定したり、歴史をゆがめて修正する人たちが必ず出てくる。
★安部政権以降の日本の状況が特に顕著になってきている。
④人の記憶は時間と共に薄れていく。負の記憶はなおさらである。
⑤だから我々は、事実を繰り返し学んで考えなければならないと思う。
⑥今を生きるドイツ人にとって、ナチスの犯罪は、自分たちの与り知らない過去の問題である。しかし、日本人や日本国のように、戦争犯罪は、祖父母たちの責任で、自分たちは関係ないと割り切っても、被害者の理解と信頼を得ることは出来ないと思う。
⑦世界がどんなに変わっても、人間が決して手放してはいけない大切なこととは何か? 
それは、考え続けること、そして、決して忘れないこと。当時起こったことを、決して決して繰り返してはならない。
★自身がユダヤ人の末裔であるジョナサン・グレイザー監督の目的は、このことだと思う。
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