ブルームーン男爵

哀れなるものたちのブルームーン男爵のレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
4.5
好き嫌いがかなり分かれる怪作。鬼才ヨルゴス・ランティモスの最新作にしてヴェネツィア映画祭金獅子賞受賞作品。

ヨルゴス・ランティモス監督はギリシャ人であるが、母親に育てられたこともあり、強い女性像を持っているように思われ、それゆえ家族をテーマにすることが多いように思われる。そして閉じ込められた欲望・感情が徐々に発露したりする様を描いたり、理路整然としたものがグニャリと歪んでみえることを視覚的に表現するために魚眼レンズを用いたり、人間とは何かを追求するために動物を対比として出したりすることなどに作品の特徴がある。

とにかくエマ・ストーンの吹っ切れた演技は必見であるが、絵本から飛び出したような舞台・衣装も素晴らしい。主人公の女性の自立が、幻想的描写と交わりながら描かれていく傑作。本作はR18指定されているが、人体解剖やら性描写などが露骨でややグロテスクで、かなり好き嫌いは分かれるだろう。

それにしても本作は女性版「フランケンシュタイン」である。もともと小説「フランケンシュタイン」は、英国の女流作家メアリー・シェリーによって書かれた作品である(ちなみに、フランケンシュタインは怪物を創り出した博士の名前であって、怪物には名前がない)。主人公ベラを創り出した外科医は”ゴッドウィン”・バクスターであるが、メアリー・シェリーのお父さんの姓がまさに”ゴッドウィン”なのである。そして、本作は女性の自立を描いているが、メアリー・シェリーのお母さんは、先駆的なフェミニストだったメアリ・ウルストンクラフトだった。さらにいうと、メアリ・ウルストンクラフトは、未遂に終わるが、テムズ川に投身自殺を図っている(まさに本作の主人公と同様に)。フランケンシュタインの女性版を主人公に、著者シェリーの両親の人生や思想にインスパイアされつつ、モダンなタッチで創作された作品と考えて間違いない。なお、「フランケンシュタイン」に出てくる怪物は男で、創造者すら愛されないが、ベラは女性でみなに愛される存在であり、主人公の設定は対比的な構図となっている。

さて、幼稚な脳を持つベラが徐々に成長していくが、奇想天外にもみえるストーリーであるが、主人公ベラが身体的自由、経済的自由、精神的自由を獲得していく様としてみると、法則性がみえてくるだろう。

それにしてもラストは痛快だが、凄まじく悪趣味でもある。この点、ベラは、悪敵すらも殺さずに発展させるという発言をしている。これは科学の発展が必ずしも倫理的に正しいものとなるわけではないことを示唆しつつ、ただ、ロクデナシの”ザマーミロ”と言いたくなる末路に、ついついほくそ笑んでしまうという上級ブラックユーモアなのだろう。

本作は本当に様々な視点から多様な考察ができそうだが、何も考えずに絵本のような世界観に浸って鑑賞するのもいいだろう。ただそれにしてはやや性描写が露骨で個人的にはあまり人にオススメは難しい類の作品(;^ω^) ただとても興味深いので、耐性がある方は楽しめるだろう。