犬たろ

市子の犬たろのネタバレレビュー・内容・結末

市子(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

この世界の片隅に
生まれた泥濘に沈む

踠けば踠くほど
深みに嵌まる

抜け出したくても
抜け出す術がない

たしかにここに
いるはずなのに

「ウチな、普通に生きていきたいだけや」

普通の暮らしが
如何に尊いものなのか

人は普通から逸脱して
初めてその価値を知る

考えることは辞めた
ふと嫌気が差した

手を下し見殺しにして
ようやく得られた安寧

やっと終わった
ここから始まる
そう思えば
幾らか気が楽になる

泥濘から抜け出す
形振り構わず逃げ回る

それは雨上がりに現れた
虹の如く
一時の気晴らしに過ぎず

背負う十字架を
下ろす日は一生来ない

たしかにそこに
あるはずなのに

「幸せな時期もあったんやで」

母は自らを慰め
堪えきれず涙を零す

玄関を開けて
無事を知らせる
ただいま

それを聞いて
安堵する親心
おかえり

飯の匂いに誘われて
食卓に顔を揃える
いただきます

湯船に浸かり
汗を流す
いい湯だな

寝床で寝惚け眼に
その日を振り返る
おやすみなさい

誕生日
一年に一度の
ささやかなお祝い
おめでとう

当たり前にあるものって
当たり前なんかじゃない

たしかにあのとき
あったはずなのに

「市子を助けたくて」

一切合切放り出したい
生きているって教えて欲しい

わがままに思うがままに
生きていればそれでいい

この世界の片隅で
笑っていればそれでいい

たしかにそこに
いるはずだから

雲が流れて
光りが差して
見上げてみれば

虹が空にかかって
君の気分も晴れて

きっと明日は
いい天気
きっと明日は
いい天気

p.s.

報道の片隅に埋もれる
社会のルールから零れ落ちた
ささやかな尊い命たち

市子も月子も
母のなつみも
誰も悪くない

「にじ」を
普通に聴いたり
普通に唄うことは
もうできない
犬たろ

犬たろ