犬たろ

ありふれた教室の犬たろのネタバレレビュー・内容・結末

ありふれた教室(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

学童保育の職に就いている身の私にとって、今作の99分間は他人事ではなかった。

私事で恐縮だが、新年度が始まったこの4月より異動となり、新たに赴任した園で新たな子どもたちとの信頼関係を構築することに躍起となる日々を過ごしている。

しかし、以前在籍していた園とは保育ないし運営方針が大きく異なるため、戸惑いが隠せない一ヶ月半を過ごしているなか、つい先日、私は堰を切ったように涙ながら上司へ訴えた。

「子どもたちを理解しようとすること、子どもに関する情報を共有することが、我々の一番取り組むべき仕事じゃないですか!なのに話すことといえば、請求だのイベントの企画だの事務的なものばかりで、いいんですかこれで!」

涙が止まらず、心がほぼ折れた私は勢い任せに、心のなかで芽生えていた“夏が終われば退職する”意向を上司に告げた──。



スクリーンを一枚隔てた向こう側では、仕事熱心の新任教師ノヴァク(レオニー・ベネシュ)が教室で子どもたちと無邪気に向き合っていた。

しかし、ある“盗難事件”をきっかけに、子どもたちのなかで疑心暗鬼が芽を出し始め、上っ面だけの希薄な結びつきが如実に現れる。

まるで砂場にせっせとこしらえた山が少しずつ削れ落ちていくように、ノヴァクと子どもたちの信頼関係は脆く傾いていった。

どこにでもある“ありふれた教室”のなかで複雑に絡み合った、子どもたちや大人たちの課題という名の糸をひとつひとつ解していくものの、手を出せば出すだけ雁字搦めになるばかり。

うまくいく瞬間はあれど、それはほんの束の間でしかなく、些細な懸念が新たに生まれて二進も三進もいかないノヴァクは、どうあがいても窮地に立たされる。

目が眩む。息が詰まる。背筋が寒くなる。人の優しさや温もりが恋しくなる。

子どもたちは未熟で純粋で繊細。だからこそ、大人のあざとい策略や保身ばかりの嘘、隠し事、建前は一瞬で見透かされる。

子どもたちは未熟で純粋で繊細。だからこそ、大人はいつの間にかどこかに置き忘れてきた童心の価値、尊さを嫌でも思い知る。

子どもたちは未熟で純粋で繊細。だからこそ、保育者が子どもたちに寄り添うこと、理解しようとすることを決して諦めてはならない。

ノヴァクが子どもたちと無邪気に戯れているときは、スクリーンを見つめる私もみんなと一緒に笑った。

ノヴァクが錯覚からパニックに陥り首を垂れて頭を抱えたとき、はたまた目が泳ぎトイレに駆け込んで過呼吸に陥ったとき、私は座席の肘掛けを握り締めながら呼吸することを忘れ、胸が早鐘を打った。

正義感の強い彼女のことだ。理由が何であれ、同僚を追い詰めた後に職を奪う不本意な結果となり、さらには教え子を警察に連行させる事態を招いても尚、のうのうとその座に甘んじて教壇に立つことを良しとはしないだろう。

学び舎に集う気質や特性の異なる子どもたち、そして同僚の大人たち。彼らの不揃いな足並みが、いつか一丸となって団結できる日がやって来ることを切に願う。

教え子に授けたルービックキューブが揃ったように──。

p.s.

ノヴァクは教室で鬱憤を晴らすように子どもたちと絶叫した。

一つ深呼吸をした彼女は、子どもたちに「ありがとう」と心をこめてお礼を言った。それには「みんな疑ってごめんなさい」「あなたたちを信じています」「きっとうまくいくから」という、未熟で純粋で繊細な彼女自身の、子どもたちと寄り添う断固たる決意が見え隠れしているようだった。

私も子どもたちと一緒に叫んでみようかな。叫んでくれるかな。
犬たろ

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