田島史也

悪は存在しないの田島史也のレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.6
全くもってその通りです。

正直、レビューを書くのが難しいというか。分析の余地を残さない完璧さというか。この作品に私の言説を加えてしまいたくないような特別感がある。1日空けて、何とか書き始めました。

『悪は存在しない』だから、善悪二元論を喝破するような内容なのかなと思っていたが、そんな陳腐なものではなかった。ただただ不条理な現実を突きつける内容。直接何かが語られた訳では無いが、明らかにこの世に蔓延る何かに肉薄し、それを訴えかけるだけの力があった。

自然豊かな土地に住む人々と、グランピング施設を作ろうとする芸能プロダクションの社員。誰の立場であっても、その思考が理解出来る。よそ者にその土地のバランスを乱されることを恐れる住民も、会社と住民の間で板挟みになりながらも生きるために戦う2人も、理解できる。

やはり土地が絡むと、必ず対立が起こるのだなと。その土地にある掟が強大なしがらみとなる。そこに住む人々は既得権益を守るために、地域の均衡のために戦う。変化を恐れて戦う。しかし、開拓とは誰かの土地を奪うこと、誰かの均衡を乱すこと。巧の「私も開拓3世。この街に住む人はみなよそ者。」という発言は、この問題の芯を捉えていた。

不器用な男(高橋)と器用な女(黛)という対比も良かった。そしてことごとく高橋と私が似ているな、と感じられた。巧の「貸して」の一言に名刺を渡す高橋と、察し良くスマホを渡す黛。あのタイミングで薪割りをしてみたい、と言いだす高橋。察しの悪さと、不器用ながら歩み寄ろうとする心意気。「自分ならこうする」という感覚で観てしまったし、大概は高橋と同じ答えを導き出していた気がする。

私の現在の境遇と重なるところが多すぎて、全てがすんなりと受け入れられ、そしてじわじわと心を締め付けてきた。

ゆっくりじっくり、繰り広げられる出来事を丁寧に描写したから、グランピング場の問題が解決するところまでは描かれなかった。でもそれで良かったと思う。少しづつ形を変えて、同じような物語がこの世界には溢れている。本作はそんな幾多の物語のひとつであり、なんら特別なものでは無い。あえてこの物語を完結させる必要は無いのである。同じことが今日も世界のどこかで起こっている。これは終わらない物語。そんな世界の断片を、まざまざと見せつける。そこに本作の大いなる意味があるのだと思う。

セリフから滲み出るそれぞれのキャラクターも良かった。巧の絶妙な棒読み感も、俗世を離れた森の番人という感じがしてよかった。

映像の切り取り方やショットの長さ、BGMや音声。そのどれもがキレキレで、無駄がなく、洗練されている。圧巻。BGMを突然止めるのが良い。綺麗に作ろうとしていない感じ。なんというか、技術的な側面で、制作者の意図やエゴを一切感じさせない。あらゆる点で常軌を逸している。

ラストシーンについては、あえて何も考えないことにする。あのシーンで便宜上ストーリーに終止符を打っただけで、メインテーマとはあまり関係ない気がするから。考えるだけ無駄かなぁ。

日本の土着文化の本質を純粋に切り取ったようなリアリティを伴った傑作。


映像1,音声0.9,ストーリー1,俳優0.9,その他0.8
田島史也

田島史也