ヨーク

FARANG/ファランのヨークのレビュー・感想・評価

FARANG/ファラン(2023年製作の映画)
3.9
先日感想文を書いた『ライド・オン』ですが、その日はとりあえず『ライド・オン』は絶対に観ると決めていたんだけどそれとハシゴする候補が二本あってそれが本作『ファラン』と『マッドマックス フュリオサ』だったんですよ。結果としては『フュリオサ』の方を選んだのだが今思えばそのチョイスは失敗で『ライド・オン』にはこの『ファラン』を重ねた方がよりシナジーが出るハシゴになったように思う。
その理由は後で書くとしてざっとしたあらすじ紹介。とは言ってもぶっちゃけ解説するほどのお話なんてものはないのだが、主人公のサムはフランスのチンピラで何かしらの罪で投獄されていたのだが釈放されてすぐにチンピラ仲間から「なぁ俺らのチームに帰って来いよ」と絡まれるものの、社会復帰するんだい! とそれを固辞。しかし成り行きでムキになったチンピラと揉み合いになりサムは過失とはいえ彼を殺してしまう。ぶっちゃけそのことの是非だけで社会派ドラマを一本撮れそうな気もするが、本作はここまでがアヴァンタイトルで『ファラン』のタイトルバックが出て本編開始。そこからお話が一気に5年後に飛ぶのだが、なんとサムはフランスからタイへと移り住んでいた。なんか現地で妻とその連れ子と共に暮らし、妻のお腹には自分の子もいるという状況。いやその5年の間に何があったんだよ!? その5年間でヒューマンドラマを一本撮れるだろ! と思ってしまうが本作の本題はその先です。脛に傷持つサムさんが新天地タイで人生の再出発をするのだが、妻が夢見る海辺のレストランバーのようなものを構えるにはお金が足りない。なのでサムさん朝は漁業で昼はホテルのボーイで夜は八百長ムエタイファイターという無茶な生活を続けているがそれでもお金が足りないので地元のマフィア的な奴からの危険な仕事を請けてしまうことになる。だがそれが転機となり全てが悪い方向へ転がり出して妻は殺され娘は誘拐されてしまう。そしてサムさんはその復讐と娘を取り戻すためにマフィア共へ復讐を誓うのであった…というお話ですね。
長々とあらすじを紹介したがぶっちゃけ物語としては“妻は殺され娘は誘拐されてしまう。そしてサムさんはその復讐と娘を取り戻すためにマフィア共へ復讐を誓う”という部分だけが本筋であってそれ以外はあっても無くてもいいようなものではある。映画自体の見せ場としても中盤以降の復讐パートのバトルのアクション描写、特に後半のバッキボキに身体が折れて破損して血が噴き出るような痛々しいアクションの数々が本作のメインディッシュなのだが、俺が面白みを感じたのはそのアクションだけではなくそこへと至る主人公の転落っぷりでもあったんですよね。そしてそこが『ライド・オン』とハシゴで観ればよかったなぁ、と思った部分でもあった。
というのも『ライド・オン』というのは笑いあり涙ありな古き良き香港アクション映画とその時代に生きたスタントマンたちの時代の終焉を他ならぬジャッキー・チェン自身が告げるという映画だったじゃないですか。じゃないですかって言ってもここは『ファラン』のページなので知らねぇよ観てねぇよって言われるかもしれないけど、まぁそういう映画だったんですよ。それは老若男女が笑顔で楽しめる香港アクション映画が過去のものになってしまい、ただ痛みだけが展開される現代のアクション映画としての『ファラン』が台頭してきたっていう構図にも見えて非常に象徴的だなぁと思ったんですよね。もちろん本作のような路線のアクション映画としては10年以上は前にイコ・ウワイスの『ザ・レイド』なんかもあるんだが、そっちはまだ主人公の活躍がアクションとして十全に描かれていたのに対して本作では主人公のサムさんが気持ちの良い強い主人公を演じないっていうか、作品を通じて特に得るものもないまま血も涙もない現実の中で痛みだけを刻まれて生きていく様が描かれるんですよ。それがなんかもう『ライド・オン』とは対照的だよなって思いましたよ。そういう意味でも『ライド・オン』とのハシゴは『フュリオサ』ではなくて本作にしておくべきだった。
でもそういう部分も含めて面白かったですね。ジャッキーは十分すぎるほどの成功も納めて大人としての意見として「CGなり何なりで映像技術は進化してるんだから、これからは無茶なスタントなんてやめて安全が保障されたアクションでいきましょうよ、それでも十分面白い映画は撮れるよ」と言うわけだが、まだ成功なんて何も手にしていない若者世代はそんな物分かりの良いこと言ってらんないよっていう比較が垣間見えて面白かったですよ。一応言っておくとそれは『ファラン』が危険な撮影方法でアクションを描いているというわけではなく、スタントアクションとしてはそこまで無茶なことはしていない。かつての香港映画と比べたら比べようもないほどにちゃんと現代基準の撮影だったと思われるのだが、映画の内容のギラギラ感がかつて命を懸けていた香港のスタンドマンたちを思い起こさせるんですよね。映画の内容としてはむしろ往年の香港映画は明るく楽しいものが多かったというのに。その辺の対比が『ライド・オン』と一緒に観たら色々浮かび上がって面白いんじゃないかと思うんですよね。
ちなみに主人公を演じるナシムさんは動きはいいものの全盛期のジャッキーや上でも例で出したイコ・ウワイスなんかと比べたら明らかに見劣りはするのだが、骨が折れて血が噴き出るというバッキボキに身体を破壊していく演出のおかげもあってアクションはかなり楽しく観られた。特に関節破壊描写が良かったですね。あと印象的だったのは敵のマフィアの構成員に女性が数人いたんだけどお構いなしに関節を破壊してぶっ殺してたのは素晴らしかったですね。しかもそれがヒーローじみた正義の戦いとかじゃなくてドライな暴力の連鎖でしかないというのだからたまらない。ジャッキーが演じた明るく親しみが持てるような主人公じゃないんだな。これもまた俺好みでしたね。
イマイチだったのはもっとねっとりとした拷問観たかったなというところかな。悪役がやる拷問も観たかったし、主人公が仇の居場所を聞き出すために小児性愛者が集まるお店を襲撃したときに店長を拷問するところ観たかったな。せっかくビリヤードキューを折ったんだから使えよな~、と思いました。
そういう感じで単品で観たら過激なアクション映画だな~、くらいの作品でスコアもちと下がるかもとは思うが今『ライド・オン』と一緒に観たら色々と思うところはあるのではないだろうか。多分あと一週間か二週間くらいはやってるだろうから興味がある方はぜひ。面白かったです。
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