結構面白かったけど、個人的にはリチャード・リンクレイター作品の中ではそこまで突出して面白いものでもなかったなぁという感じの『ヒットマン』でした。まぁでも、ちょっと変わった設定で変な人たちがユーモアや皮肉を含んだ軽妙ではあるもののややずれた会話劇を展開していくというオフビート感のある笑いが要所要所にある作品だったので、リンクレイター監督が好きな人ならそうそうこういうの! って感じで楽しめるだろうと思う。
お話は『ヒットマン』というタイトル通りに殺し屋のお話しなのだがよくある感じで主人公の殺し屋がターゲットを追っていって…みたいな物語ではなく一捻りが加えられている。まぁ一捻りというか本作は実話を元にした映画らしいので基本的な設定部分は多分実話通りなのだろうが、そこのところが一番面白い映画でしたね。『ヒットマン』とかいうタイトルのくせに、なんと主人公は殺し屋どころか本職は大学の教授なのである。だが主人公は通信機器に精通した人らしくて地元警察の捜査に協力する形でその技術を供与しているのだが、その捜査というのは警察側が用意した偽の殺し屋に殺しの依頼を持ってきた人間を殺人教唆の罪で逮捕するという捜査なのである。主人公はその偽の殺し屋と推定殺人教唆犯との会話を傍受するための機材や技術を提供しているというわけだ。だがある日偽の殺し屋役をやっている人間が不祥事で停職する羽目になり、主人公が会話の傍受だけでなく偽の殺し屋役までやらなければいけなくなるという物語ですね。さらに言うと、主人公は実は意外と偽の殺し屋役もこなしてしまうのだが自分の夫を殺してほしいという依頼を持ってきた人妻に恋をしてしまいさてどうなる? というのがお話の中心になる感じです。
多分だけど実話と同じなのは大学教授が警察に協力する形で偽の殺し屋として捜査に参加していたところだけで後は全部映画としてのフィクションであろう。冒頭でやや実話、という言い方をしておいただけでなくエンドロールに入るときにも、ちょっと盛りすぎちゃいましたみたいな字幕があったので主人公が惚れる人妻くらいからが全部ごっそり作り話だというくらいに思っておいた方がよかろう。
ていうか作中でも突っ込まれて裁判のシーンなんかでもやり玉に挙げられるのだが上では主人公が参加する捜査というのは、推定殺人教唆犯と警察側が用意した偽の殺し屋との会話を傍受しながら確たる言質が取れたらそのまま逮捕するという流れであると書いたが、ぶっちゃけそれほとんどおとり捜査だよな!? というところがあって警察側のグレーな部分も描かれるのは面白かったですね。そこで法と感情の二律背反的な部分が描かれて、本作のメインとなる主人公が恋する人妻への対応はどうするのかというところが物語の核心となるわけだ。今まで通りにおとり捜査同然の手法ではあるがその人妻を殺人教唆で捕まえるか、それとも主人公が夫を殺したい人妻と彼女を捕まえたい警察の間で両者の利益を調整しながら彼女が逮捕されないように(要は法のギリギリのところで)振る舞うのかということが問題になるのである。
さすがリンクレイターという感じでその辺のハッタリの付け方が中々に軽妙で、ワハハと笑ってるかと思えば一気に大丈夫かコレ? と緊迫した雰囲気にもなっていきその辺りの作劇は流石にベテラン監督だなぁという感じでしたね。もちろんそこはリンクレイターだけでなくグレン・パウエルの魅力も全開で本作での一番の見所となっていると思う。あとは本職としては大学で哲学を教えているという設定の主人公なので、ちょくちょくその授業風景で公共の福祉に関するような論議が交わされる場面があって個人的にはもっとその法と感情の背反のような部分を推していってほしかったんだけど、結局その辺はおざなりになってしまったのは残念でしたね。
ネタバレに配慮して書くと、結局“人は変われるんだー!”という感じのありきたりなオチになってしまったのはもったいないなと思いました。本作はもっと人間の利己性とかに切り込めるような良い題材だと思うのだがそおは惜しかったですね。
まぁでもリンクレイターらしく軽く笑いながら観られるので満足な映画ではあった。面白かったです。