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ニューヨーク・オールド・アパートメントのarchのレビュー・感想・評価

4.0
・陽性な青春ラブストーリーとみせかけての…
鑑賞前は社会的に弱い立場にある青年たちが苦境に見舞われながらも、懸命に生きて恋をしていく…といった話だと思っていたら、想像以上に暗い話でびっくりした。
だが、今思えば「移民」という題材を昨今の情勢の中で扱う上で、観客が想定する逞しさや希望なんてものは、それこそ非現実的な状況なのかもしれない。
まさに、透明人間のように扱われ、社会の端で生きる彼らが居場所を求めるように誰かに見つけられようとする。誰かと繋がりを持とうとする。いわゆる恋愛感情についての話ではなく、その行為の本質にある誰かと繋がりたいという切実な想いが、彼らの状況とラブストーリーを結びつけている。


・透明人間
居場所がないという感覚は、もちろん彼ら不法滞在者の境遇故だが、本作は彼らは家にも居場所がないことが分かっていく。シングルマザーの母親は生き抜くために、多くの男性と関係を持ち、利用することで何とか生活を維持している。その行為自体は彼らの為の行為なのだが、その一方で彼らの唯一の居場所たるはず「家」を壊すことにつながっている。
親のセックスはもちろん、彼氏とイチャイチャしてる姿なんて誰も見たくはない(少なくとも俺は)。劇中でさっきまで寝ていたベッドを追われて(自らの意思で動くのが切ない)ソファで寝ている様子には、彼らの「居場所がない」という感覚の切実さを伝えていた。

後半、ある意味て彼らは皮肉にも透明人間ではなくなってしまう。彼らはカメラを向けられ、警察に連行され、チリに返されてしまう。透明人間だったことが、彼らをニューヨークという場所に居る条件だったのだ。
コインランドリーでの一連の流れは本作の白眉。不法滞在者の感じる恐怖が、見事に表象されていたと思う。


・とんでもないクソ彼氏
本作に登場する成人男性は大概クソなのだが、一番は恋愛小説家の男だ。あいつは言ってしまえば女性を支配することで欲求を満たす支配欲の男である。特にタチが悪いのは、多分、彼は狙って移民などの社会的に立場の弱い「よそ者」を狙っていること。アジア系の女性も移民とまではいかなくとも、被差別対象として、ある種のオリエンタリズムで付き合っているのかもしれない。
彼の言動の端々に、相手(及び社会的境遇)への関心のなさが顕れていて、特に彼女の出身国を知らないばかりか興味ないというのが本当にクソ。
ペルーだわ!!覚えとけ!!

興味深いのは同時期に公開されている『哀れなるものたち』との符号。
『哀れなるものたち』のダンカンも本作のクソ彼氏ダンカンと同じ(そして多くの男性と同じ)支配欲の人間であり、その支配対象は女性である。彼らはどちらも相手に牡蠣を振る舞うのだ。『哀れなるものたち』ではリスボンという土地柄もあるだろうが、両者は何よりその精力増強の効果を狙っての行為なのだとわかる。
特に本作ではちゃんとその効果について言及されているし。
支配欲の男表象として、牡蠣を食べさせるというものがあることに今回初めて自覚的になれて良かった。


本作のMVPはラマです。
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