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筏の三人
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『筏の三人』に投稿された感想・評価

煙
3.8
少年時代の船遊び。川。流れるカメラ。建築現場を訪ねる2人を映すショット。高層階には行かない。ヘルツォーク的筏。小島。馬。ロマンスもあり。
邦題「筏の三人」

幼なじみの親友三人ネストラトフ(建築家)、チジョフ(脳神経外科医)、ラピン(畜産業)が、昔誓った筏での旅をヴォルガ川でする話。まあそこはソ連なので話はどこまでもソ連風味になるわけです。後のカラトーゾフらしい頭おかしいワンカット撮影やキャメラワークはここにはないが、ソ連コメディとしては上澄みクラスに面白い佳作。川を下るだけでなく、ステージに飛び入り参加する羽目になる展開なのにウソみたいな美声で上手くいくのも御愛嬌。

偉い人になった三人がラピンのロマンスやチジョフの靴流しイベントなどを挿みつつ、硬直した官僚制を討つべしな展開はちょっと「水戸黄門」じみた感じ。もっとも第三幕手前、解決しそうとなってもなかなかそううまくいかないのと、子供の時同様に他の二人にその高慢さを窘められるネストラトフという結末はかなり納得のいくものとなっている。
✔️🔸️『筏の三人』(3.6)🔸️『黒の牛』(4.1)

 シネマヴェーラらでのこういう馴染みない特集は、取り敢えず1本観て、具合を確かめる。この会場や京橋は全部押さえて当然の年配の人が周りには多いが、身体がもたないし、気力がそんなにない。1本選ぶとしたら、やはり、カラトーゾフか。モノクロシャープでなく、柔らかく水や霧もナチュラル無理がないトーンは、自然をまんま吸い込み限りなく美しいし、常識外れのカメラワークはないが、カット始まりのカメラワークの鋭いカービング才気と意志、その侭長くは嵌まらぬがフォロー速度感、90"変等の確かな楔、敢えて低く仰角フォローらの胆力、縦に繋がる要素の効果図力、横へのパンが自然を収めるなだらかさ、僅かめ長くもある前後移動の懐ろ、このバランス・配置・流され、後年の怪物染みた移動魔力に拮抗する。
 中身的には、狭く汚い身近な川を、ボロな筏で乗り回す少年三人が、固い友情確認と広い岸なし地点への夢の為、数十年後、初老時に纏まった休みを取り、約束と夢果たしの川旅へ。名医や畜産家になった二人は何の抵抗もないが、教授と呼ばれる建築家となり、都市計画の立案・認可の上級役人となって、現地作業者や苦情当人らに近づかず、自室に籠りっぱなしで、少年時のリーダー・命令の悪癖変わらずの、もう1人は乗り気ではない。半分騙して昔ながらのボロ筏に乗せる。ところが昔光景の変化に揺らぎながらの、夢の実現への旅は、旅直前、市民や作業員が不効率で歪んだ都市計画への改善案提出に来てた、が取り合っても貰えなかった、当の区域に行き当たり、身分証明も流され、ヤクザ扱いする、元々配下の役人らの傲慢・無礼・怠惰な、停滞ばかりの無意味な書類印鑑手続き掲げ、脇から直に実入りだけを重んず、役所仕事悪弊に真っ向、ぶち当たる。起こった馬群暴走らの事故怪我人治療成功とその御礼と定期に入る確約や、作業に参加の中8年前から互いに意識の美人と再開・熱上がる、らも並行し、官僚主義独善硬直化が只はびこるに抵抗なし、に無力感じるだけ。証明書や証明者現れで立場回復、教授は初めて正義に燃え、不良役人更迭や刷新の断行に。自画自賛に威張る教授に、「自らの怠惰・間違いを正しただけ」と冷静に二人。しかし、何かは内から改善流れが確かな始まりへ。
 体制や職制の欺瞞に突っ込み、細かなユーモアや人間味も飽く事させずにちりばめ、代表作らと比べ、中身的には寧ろ突っ込み、見事な円満作・成功作となり、理想は空回りせず、細部肉付けも欠かしてない。表現や美的にも欠損もない。只、あの狂気的表現は、やはり欲しくなる。
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 『~牛』。その点同じ日に観た、製作本腰異常ぶりばかりが、取り沙汰される作は、本格的て狂気を取り違え兼ねない覚悟を、危うくではなく、キッチリ持ってる。あの『祖谷~』から何年か、モノクロスタンダードからカラースコープサイズ、言語も違う山の民の政府への抵抗と解散下野、やがて亡くなり後を継ぐ事になる・老婆の農家に1人入り、本能でか牛を野で確保、寺を離れた老僧の労働や世界観教えもあり、自ら水田拡げ・他の農家から働きいい牛を貸出し望まれ、家の半分駄屋で牛と共存、家の前池か水田かの不思議な居住空間で、霧も多く・眼も開けられない滝的豪雨や雷にも良く移行の中を闘う如くの労働や村人に感謝の拡がりも不思議獲得しながらの、雪も積もる四季を生きてく、を体感する以上・異常の、作。それを振り回さないが。
 やがて貸した馬も亡くなされ、自然で大事な絆が緩められ拡がったばかりに、字幕タイトルでも示され区切られる・仏教教えをなぞるような輪廻や成長もまた、忘れられてく締めに入る。馬の遺体跡からの様に、新たな命や馬家族が、山や河だけでなく、浜辺・緑・臨める湾や波と溶け合う変化へ。
 年貢から租税への時代設定らしく、元々劇中語喋れぬ台湾から招聘名優の、多くは誤魔化しない体技を丸ごと捉えるLショット主体押し、時に寄りのミドル近いのやO・L重ねの表情捉えで何か安心の組立、雨戸あるのに使わず半ば雨ざらし感、しかも豪雨の強さや音は半端でなく、世界を呑み込まん勢いに一気に。構成を超え、無理作りを超え、ある絶対へ懐かしみ・肌触り暖かみ・雨激しさも、知らずかあからさまかは別に何度か届く場と時を持つかのよう。
 神話的象徴詩・哲学や、ロケハン小ぶりもユニーク家やその所在・外国から招き名優身を捨てての存在や動き活かす設定からの強引、だけで説明つかぬは、クレーンや長く横や短くゆっくり前後の移動や・火事らや様々水観や燻り木材質の選択決定撮影監督、幾ら時を待ったか・そして避けず入り込む自然懐ろの表し、観念や計算機免れぬ撮影システムの破棄と逆にトコトン待受け、これは映画が自然や人間観念に倣う作りから、映画のより本質的なあり得方を、あちらこちらの両面から成し遂げた、如くの作だ。安易・いかがしさを踏んでこそ、より成り立つ映画表現の存在証明、のような作で、こころ震える。確かに貴重で尊さも受けてく。黒の質も炭で描き抜いたようであり、自然か特撮か分からぬ・価値ある事物・時空の溶け揺らぎ流れさえ生む。フェイドが何故か赤画面に届く不思議さも、安っぽさと根っこを感じさす。
 法事や祭礼の、形や雰囲気の村人を配しての力・バランスもたいした形だが、そのあり方を極めるとか、今村のように社会・風土との緊張関係にはいってゆくよりも、より本源の予感的何かをより土と空気の根元から描きあげる、力の定着の方へ作家は腐心し、向いてる。

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