すずき

ヴェルクマイスター・ハーモニー 4Kレストア版のすずきのレビュー・感想・評価

3.3
ヤーノシュは気弱だが人懐っこい青年で、飲み屋のオッサン、音楽家のオッサン、靴屋のオッサンなど、街の人に愛されていた。
街は冬になるというのに石炭や物資が足りず、徐々に不満を募らせ、治安が悪化している。
そんなある日、街にサーカスが来るという。
見世物の目玉は、巨大なクジラと「プリンス」と名乗る芸人。
何でも、そのサーカスが訪れた街は暴動が起きたらしい。
ヤーノシュは、当局と繋がりのある音楽家の妻から、治安維持の為に協力してほしい、と頼まれるが…

モノクロ映像と極端な長回し撮影が作風のタル・ベーラ監督作品。
「ニーチェの馬」「サタンタンゴ」に続いて、彼の作品はこれが鑑賞3作品目。
劇場で4Kレストアされた映像と音楽を楽しめる至福。
2時間30分という長尺なれど、全編37カットという驚異の長回しは流石タル・ベーラ!
退屈で寝落ちしかける事もあったけど、やはり構図やカメラワークは完成されている。

先に見た2作と同じように、この作品も「神の不在」を描いた作品のように感じた。
(同様のテーマは、北欧のイングマール・ベルイマン監督が得意とする主題で、少し似ている所もあるかも…?)
寒々しいハンガリーの田舎街で描かれる、治安の悪化や暴動などの荒れた世相は、世紀末を連想させる。
「ニーチェの馬」では街から逃げてきた人たちが描かれたけど、本作で描かれたような暴動や略奪があったのだろうか。
当局による民衆の監視や管理を描いた所は「サタンタンゴ」と共通している。
ひょっとすると、本作と「サタンタンゴ」は同じ世界観を描いていて、そして世界の終末を描いた「ニーチェの馬」へと繋がっていくのではないか。
本作は、タル・ベーラ監督の描く、黙示録の一編なのだ。

本作の劇中で「神」について語られる、その象徴たるものがサーカス団の連れてきた巨大なクジラ。
純朴な主人公の青年は、そのクジラの目を見て「神」の実在を信じるが、そのクジラは生きたクジラではなく、剥製か作り物だ。
もう既に死体である剥製なら、まさしくニーチェの「神は死んだ」の言葉通り、あるいはそれが最初から人の手で作られた紛い物なら、グノーシス主義で言う所の「偽の神(ヤルダバオト)」の象徴である。

とりわけ解釈が難しいのが、タイトルにもなっている「ヴェルクマイスター音律」。
劇中、音楽家のオッサンがそれを批判し、「人類は何世紀も間違い続けた」と語るが、これに関しては全く意味が分からない。
音楽理論の事もちょっと調べてみたけど、いやあ、難解過ぎてサッパリですわ。

そんな難解な本作だけど、終末へ向かっていく世界の「雰囲気」を楽しむだけでも充分だと思う。
ゲームでも、ゲームとしての面白さは今一つでも、世界観を味わう事自体が楽しみの「雰囲気ゲー」って言葉あるでしょ。タル・ベーラ作品もそれ。
だいたい、ちゃんと「普通に面白い作品」を目指してるなら、3分ぐらい歩いているだけのカットとか絶対やらないので、監督も雰囲気を楽しんでもらう為にやってるんだろう、そう思うことにした!
タル・ベーラ作品の極端な長回しは、娯楽映画でのCGで派手な演出をプラスするのと同じ、要はハッタリだ!
でも、映画なんてハッタリがナンボの見世物なので、どちらも良いハッタリだ!と思いました。