むっしゅたいやき

旅芸人の記録のむっしゅたいやきのレビュー・感想・評価

旅芸人の記録(1975年製作の映画)
4.5
20世紀、ギリシャ。
戦前の軍事独裁政権から、戦後の内戦、更には再度の軍事クーデターまで混乱を極めた彼の国。
その動乱の時代を生きた、とある旅芸人一家の女性の目を通して綴った叙事詩・叙情詩である。
テオドロス・アンゲロプロス。

本作の舞台となる時代は、1939年から51年の足掛け14年間となる。
たった14年間であるが、その間に彼の国では、クーデターに由る独裁体制から枢軸国の占領体制、王制派と共産主義派による内戦を経験した。
冒頭に映される選挙に関しても、保守連立政権に有利な制度を利用しており漸く政局が安定するが、後年にも軍事クーデターが起こり独裁政権が発足している。
ギリシャと言うと、明るい太陽と青い海、白い壁を思い浮かべ勝ちであるが、少なくとも20世紀中盤のギリシャは血と硝煙、泥の香りが漂う混乱の国であった。
本作の主人公となる旅芸人の女性もまた、自身の生命を危機に晒しつつ、その仲間、そして家族を動乱の中失って行く事となる。

アンゲロプロスと言えば長回しと詩情、シンボリックな画、と云ったイメージがあるが、本作にもその特徴はよく顕れており、少ない会話から主要人物と監督の心情、想いを読み解く必要がある。
オリーブ油一本を得る為に払った代償、遺骸へ手向ける拍手に込められた想い、そして冒頭とラストが同じ駅、且つ時代を前後逆転させた監督の意図。
これ等を理解し、初めて自己の物となる作品であろう。
オレステスが広場で見せた、微かな笑みが心に残る。

カメラワークに関しては、既に先達の詳細なレビューも有る為、割愛する。

個人劇として鑑賞するだけでなく、本作を出発点とし、広く思考を巡らせる契機としたい作品である。
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