["アメリカを敵にするのは簡単だが友人になるのは難しい"] 70点
2024年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。アロンソ・ルイスパラシオス長編四作目。アーノルド・ウェスカーによる同名戯曲の二度目の映画化作品。アラブ系アメリカ人ラシードの経営する、タイムズ・スクエアのど真ん中にある大規模な観光客向けレストラン"ザ・グリル"で起こる様々な人々を巻き込んだ出来事を疑似群像劇のようなスタイルで描いていく。主軸になるのは数年働いて中堅となったメキシコ人コックのペドロとアメリカ人ウェイトレスのジュリアの物語であるが、物語を円滑に始めるにあたって冒頭はペドロを頼って不法入国した彼の親族(異父妹?)エステラの視点を借りている。スタテン島からフェリーでNYに到着し、ほぼ英語を話さないまま"ザ・グリル"に辿り着き、半地下の窓のない厨房でいきなりフルスロットルで働く羽目になる。度々言及される通り、レストランの主要な客は田舎暮らしの白人たちのようで、彼らのために階下の劣悪な環境で働かされる無名の不法移民たちという構造は現在のアメリカの縮図のようだ。彼らを取りまとめる事務方のトップのルイスという男が、かつての不法移民の子供でありながら名誉白人化して彼らを見下しているという構図も、ラテン系市民が意外とトランプを支持してるのと似ている。レジから800ドル紛失した事件の尋問を担当することになったルイスは、名誉白人として威張り散らすが、ペドロに"アメリカは敵にするのは簡単だが友人になるのは難しい"と言われ憤慨する。この言葉は本作品全体を象徴しているだろう。この言葉を放ったペドロですら、この言葉の真の意味を捉えきれていなかった。ラシードは彼に書類作成を約束するが、それは誰にでも餌として使う言葉だった。ジュリアとの情緒不安定すぎる関係は、上手くいくと思っていたのに、実際は息子の存在すら知らされていなかったし、(彼の認識では)中絶手術も同意なくされてしまった。彼が信じていた夢は、彼を搾取するために利用されていたに過ぎなかったのだ。
DPフアン・パブロ・ラミレスによるモノクロ撮影も素晴らしく、映された人物を画面の端に置く構図は、空いているはずの空間にすら閉塞感を感じさせながら、人物の置かれた感情/精神状態をも暗示させる優れたものだった。また、モノクロ映画らしくライティングも素晴らしく、お金紛失を伝えに行く際のラシードの部屋のおどろおどろしい雰囲気や、手術から帰ってきたジュリアの見た真っ黒な廊下など空間の演出、そしてホラー映画ばりに顔で魅せるルーニー・マーラの顔に注ぐ光の美しさも素晴らしく。モノクロを選んだのはそれ以外に、肌の色を曖昧にしようとしたのも含まれている気がする。このレストランにおいて搾取する側もされる側もほぼ白人ではないが、全員が"アメリカ人"的な立ち振舞いを目指すという意味で、"白人"化していくわけで、そういった皮肉もあるんだろう。