むっしゅたいやき

百年の夢のむっしゅたいやきのレビュー・感想・評価

百年の夢(1972年製作の映画)
4.5
スロヴァキア、ファトラ山地。
貧困の中、大地に根差して生きる老人達の心の在り処を捉えたドキュメンタリー作品である。
モノローグとインタビューから成る作品であるが、所々にスチルを交え、老人達の顔に刻まれた皺、“生きて来た年数”を、まざまざと見せ付けられる。
ドゥシャン・ハナーク。

本作は冒頭から死を印象付けるシークエンスとなっており、老婆を埋葬する男達を捉えたスチルへ、棺に土が被せられる音を充てた演出に、一気に引き込まれてしまった。

一般にインタビュー作品の宿命として、質問の仕方に由って回答を方向付けようとする恣意性、或いは作為性が見られる事が多くある。
その中に在って本作は、基本的に最初の回答のみを取り上げ、言い直しはカットしている点、また、質問のニュアンスを前後半で変えている─即ち前半の「人生とは何か?」と云う質問を、後半では「人生に於いて最も大切な物は何か?」へと変更している点に好感が持てる。
質問が、『漠然とした死生観』から、『回答者各個人の、経験から導き出された人生観』へと落とし込まれた、と言い換える事が出来よう。
其処ではインタビューでの不純物は削ぎ落とされ、老人達の実直で、地に根差した、経験に裏打ちされた純度の高い哲学のみが顕れている。

「死生観」等と言うと、重いテーマだと身構えてしまう向きも有ろうが、本作にはユーモラスな老人達との掛け合いも間々見られる。
特に前半、転倒してしまった老人への卵の容赦無い値引き交渉や、死を思わせるモノローグからの「俺はまだ生きてるぜ!」と云う一連の流れには、思わず笑ってしまった。

泥に塗れ干し草を一輪車へ載せながらも宇宙へと想いを馳せる、其の乖離。
「I'm alone like a scarecrow.」と云った言葉から偲ばれる、亡き妻への想い。
体に不具不調を抱え、気力も衰えているで有ろうに、カメラに映し出される老人達の心は、逆に闊達で瑞々しく、活き活きとしている様に私には映る。
「老い」や「死」へと立ち向かう陽気さ、勇気を、遠く半世紀前のスロヴァキアから届けてくれた─、そんな作品である。

余談であるが、今日鑑賞記録を書く為にアプリを立ち上げたら、本作、リマスター版が上映されるのね。
と、思ったらフォロワー様のレビューにも書いてあった…、見逃してました。
…是が非でも観てみたひ。
そんな想いに駆られる秋の夕暮れである。
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