ぬ

悪魔とダニエル・ジョンストンのぬのレビュー・感想・評価

4.8
愛する映画のひとつになった。
ダニエル・ジョンストン本人のように、ユーモアに溢れ血の通った優しい魅力的な映画だ。

ダニエル・ジョンストンが天才だとか音楽をするために生まれてきたとか、なんかそんなことはもう言う気も失せてしまった。
自分が彼についていくら賞賛しようが、言及しようが、自分から出て来る言葉はすごく薄っぺらで安っぽいな。
あまりにも壮絶すぎて、レビュー読んでから観るかどうか悩んでいる人は絶対観てとしか言いようがない。
しかし、それでもいいから彼を見習いこの映画を観た自分の気持ちを記録しておくことにしよう。

この映画は主に、ダニエル・ジョンストンのどえらすぎる記録癖により、カセットテープに収められた肉声や8mmの映像、彼を取り巻く家族や友人、音楽関係者の証言で構成されている。
学生時代の創作意欲と才能、ユーモアに溢れ、若くてエネルギッシュなとても「健全」そうな時代、自主制作した映画、家出をした時の音声、失恋について零した泣き言、薬に溺れ自分が誰だかもわからず悪魔を恐れる姿、病院で歌ったマウンテンデューへのラブソング、父のセスナを墜落させ病院送りになったときの写真など。
誰かについて知りたいときに、こんなにわんさか実際の資料が残っているなんて、贅沢すぎることだ。
それだけに彼や彼を取り巻く人々の苦悩にこちらまで辛くなってしまいそうになるけれど、それでも画面に釘付けになってしまうほどに、ダニエル・ジョンストンは魅力的である。
DVDで観ているのに、茶を飲む間もトイレに行く間も惜しい。

彼の感性、才能、魅力、はあまりにも強烈すぎる。
それゆえにその強烈な才能が彼自身を蝕み、無邪気で無垢で純粋だからこそ、みるみるうちに薬物に依存してしまったようだった。
普通に生き、普通に働き、やりたくないことをして、金を稼ぎ、そんな凡人は天才に憧れてしまう。
それでも金欲しさに、体裁のために、安定のために、尽きないつまらない欲のために、結局は自分の意思でくだらん仕事にしがみつき、また天才への憧れを口先で零しながら死んでいくのかな。
持つ者は持たざる者にはわからない苦しみを、何者かに、あるいは自分自身に、もしくは自分の中にいる何かによって、命さえ脅かされる切実な苦しみを抱えているんだろうな。
ダニエル・ジョンストンの魅力や凄さはもちろん、彼の言動により命の危険に晒され、職を奪われ、尋常じゃない苦労をしながらも、彼を優しく見守り、いろいろな立場から彼の才能を支え続けている周囲の人々も凄い。
元マネージャーはいいやつすぎる。
あの人の作ったカセットテープがほしいな。
シンプソンズの作者に褒められて、本人と話しているときはいかにもアーティスト同士な会話をしてたのに、別れた直後に心の底から「Yes!」とはしゃぎ喜ぶ姿を見たら、間違いなくこの人は愛されるべき人なのだと思うよね。
I am a baby in my universe.という詩は決して比喩ではないと思った。

ダニエル・ジョンストンに興味があるなら、この映画を是非観てほしい。
ダニエル・ジョンストン自体に興味がなくても、彼から影響を受けたアーティスト、アート自体、アーティスト自体、いろんな人の生き様、に興味があるなら、おすすめしたい。

とある恩師が先生としての勤めを終える日、お気に入りの映画として、この『悪魔とダニエル・ジョンストン』を教えてくれた。
先生はいつも『Hi, How Are You』のカエルのTシャツを着ていた。
せっかく教えてもらったのに、実際に観るまでに時間がかかった。
この映画を教えてくれたことに対して、あらためてお礼を言いたいが、連絡先を知らない。
いつかまた会えたら、是非お礼を言おうと思う。
ぬ