晴れない空の降らない雨

オリビアちゃんの大冒険の晴れない空の降らない雨のレビュー・感想・評価

オリビアちゃんの大冒険(1986年製作の映画)
3.8
■救世主再び
 
 アイズナー、ウェルズ、カッツェンバーグの新しい経営陣を迎えて最初の、またマスカー&クレメンツのコンビが監督に加わった最初の劇場アニメーション作品。
 
 前作『コルドロン』の大敗、テレビ番組の視聴率低下、テーマパークの収益悪化などでどん底だったディズニー。そうしたなか公開は予定の1987年12月から1986年7月へと相当の前倒し。1年余りしかない制作期間に加え、予算も『コルドロン』の半分以下に減らされた(上映時間は90分から74分に短縮)。しかも、倉庫を改造した悪臭漂う建物にスタジオを移設させられるとかいう冷遇ぶり……。
 
 このように、前作の大敗を受けた悪条件のもとでつくられた本作は、しかしまずまずのヒット。アニメーターたちは長編を続けることが許されたのである。ちょうど『ピノキオ』『ファンタジア』に対する『ダンボ』、『眠れる森の美女』に対する『101匹わんちゃん』と同じパターンが、『コルドロン』に対する『オリビアちゃんの大冒険』でも起きたわけだ。
 
 もっとも本作は『ダンボ』『101匹』に比べるとはるかに地味なことは否めない。そのうえ4ヵ月後には、裏切り者のD.ブルースがスピルバーグとタッグを組んだ『アメリカ物語』が公開され、アニメーション映画として歴代最高の興行収入をあげたのだった。ディズニーの復活までは、あと3年待たねばならない。
 
 
■ストーリーとアニメーション
 
 ネズミ版シャーロックホームズ“風の”活劇(原作はあるが例によって原形を留めていないらしい)。探偵バジルがホームズで、元軍医ドーソンがワトソンで、ラディガン教授がモリアーティ教授。初対面で出身地や職業を言い当てるなどのホームズのパロディネタに満ちており、気楽に観れる作品かと思いきや、やはり本作もどうにも雰囲気が暗め。舞台が夜のロンドンだし、ネズミなので一層暗い場所を移動しがちだ。人死にもあって驚く(ネズミだけど)。しかも殺し方がなかなかショッキングだった。時計針の上のアクションは殴られた音が結構リアルだし。ヴィランのラティガンは「悪役を演じることを楽しんでいる」タイプで、紳士服を着て上機嫌そうに笑っている。歴代に勝るとも劣らないヴィランぶりだった。
 
 また、ラティガンの居場所を探るために入るバーがいかがわしい場所だ。ステージでセクシーな女性(ネズミだけど)がドレスをばっと脱ぎ捨てて「優しくしてあげる♪」と歌って踊る。前述の殺人シーンといい、全体に漂う大人向けの雰囲気はディズニーらしくない。なお、このシークエンスと、その前に来るラティガンを紹介するシークエンスの2ヶ所で久しぶりにミュージカルが復活している。これが3年後の『リトルマーメイド』につながるのかと思うと感慨深い。
 
 思えば9オールドメンが全員引退してからまだ2作目。当時後進の育成をしていたE.ラーソンが未熟なアニメーターたちの指導にあたり、Animation Consultantとしてクレジットされている。低予算・時間不足が丸分かりなところもちらほら。キャラクターの輪郭線が黒単色に戻っている。メインキャラクター以外はしばしば背景と一体化して動かない(酒場の群衆など)。パイプを移動するシーンではキャラクターを描かずに、パイプの外側からカメラが追いかけるだけ。
 
 本格的にCGを導入した作品でもある。公式には本作が最初とされているが、実際は『コルドロン』ですでに使用されていたらしい(気づかなかった)。クライマックスの舞台となるビッグ・ベンの内部はCGである。といってもPC上で完成までいくのは到底無理で、内装・歯車・柱・鎖などすべてCGで作成した空間をフレームごとに印刷したうえで、手描きでキャラクターの作画を追加していったらしい。素晴らしい出来映えで、なんといっても猛烈に追いかけるラティガンがすさまじい。本物のネズミのように四つ足になり、あえて描線を荒くした描き方が、恐怖と緊迫感を生む。それをCGによって自由自在に動けるようになったカメラが追いかけていくことで、これまでにない画面になっている。
 
 
■宮崎駿の影響とオマージュ
 
 叶精二氏によると、1979年公開の『ルパン3世 カリオストロの城』は、かのラセターをはじめとするディズニーのアニメーターに強い感銘を与えたらしい(宮崎は『NEMO』日米合作のために82年に訪米)。ビッグ・ベン内部の時計じかけ上でのクライマックスは、『カリオストロの城』の公然たるオマージュである。これは、レイアウトのM.ペラザ(のち美術監督に昇進)がマスカー監督に提案したらしい。また、地から空への垂直方向の場面展開も宮崎作品の影響ではないかと叶氏は言うが、氏はジャパニメへの愛が強すぎるので話半分に聞いたほうがいい気がする。
 
 宮崎駿つながりだと、『名探偵ホームズ』とは「ホームズを動物でやる」というコンセプトの時点で被っているわけだが、これは無関係ではないだろうか。本作には原作があるし、『ビアンカの大冒険』(1977)の頃には話が持ち上がっていたらしい。いずれにせよ、『名探偵ホームズ』をアメリカで観る手段があったとは考えにくい。驚きなことに、当初は『名探偵ホームズ』と同じくキャラクターをイヌにする予定だったとか。これはネズミのままだと『ビアンカ』と被るからという、もっともな理由による。もしイヌキャラのままだったら、『ライオンキング』みたいな一騒動があったかもしれない。
 
 
■邦題が最悪
 
 センスもひどいが、それ以前の問題だろう。原題The Great Mouse Detectiveが示すように、本作の主人公は誰がどう見てもホームズ役のバジルである。オリビアは早々に捕えられて、大冒険どころではない。そもそも「~の大冒険」をまた使う神経を疑う。やる気あんのか(ただ、再上映時には原題にもThe adventure ofがつくので間違っていないのか……)。
 
 ちなみに『ビアンカの大冒険』も、主人公はバーナード、あるいは彼とビアンカのW主役だろう(原題はThe Rescuers)。つまり、ウォルト・ディズニー・ジャパンの人たちは、女の子/女性が主人公だとミスリードするような邦題を故意につけてきたことが窺える。