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国道20号線のyukoのレビュー・感想・評価

国道20号線(2007年製作の映画)
4.3
10年以上前にたぶん10歳以上年上の人と話していたときのこと、「昔のヤンキー漫画やったら主人公の彼女が連れ去られて椅子に縛り付けられたりするとき、すんでのところで助かってたんやけど、最近の漫画ではそういうときヤラれちゃうんよな。」と普段は見せない少し苦い表情で彼は言った 世代の違いと、ヤンキー漫画をそこまで読んでこなかった私にはそれはよくわからないことでありながら、とても印象に残っている 本作での仁がシンナーを無我夢中に吸う姿と、ジュンコやユカリが覚醒剤に手を出した末路、そしてあのときの彼の言葉が2021年現在の私のなかで重なった
毎日スロット台の前に座り変わり映えのしない仲間と上の空の会話をしたりシンナーを吸う、朝布団から起き出てくる気力さえもない いつも同じひとと電話やメールをするためのみに彼らはガラケーが使う(今は良くも悪くもスマホひとつで世界と容易に繋がれる)そんな、強制的に何かを諦めさせられたような、放棄するしかないような、外部からの交流が絶たれた状態の彼らの毎日をみていると、文化的な何かが生まれるような余地は無さそうにみえた 彼らにシンナーがみせる幻覚は過去に戻れるなら戻りたい気持ちが具現化したかのようなもの、しかし現実は沿線に消費者金融が異常なほどひしめく国道20号線を危なっかしく横断する毎日
「サウダーヂ」の次の日に本作を観たから、猛が嫌悪感を露わにしていた“おっさん”たちの通ってきた過去として本作は(車を盗難するときのあの動作そのままのイメージで)“チョッケツ”していた 街にぎりぎりまだ残っているその世代の人たちが脈々と培ってきた関係性と、今まではなかった新しいものが入り混じっている風景をリマスターされた作品の次に観ると映像の色褪せ具合が際立ちとても幻想的なものになっていて、同じものがいまは存在していないことがさらに強調されているようで、私は実際には知らないはずなのに胸が締め付けられる
そして、ずっと共に時間を過ごしてきた者同士あのときは確実に同じものが「見えていた」のにいまのそれは同じものじゃないのかもしれない、と酩酊しているような語りで映画は終わる
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