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バロンのろのレビュー・感想・評価

バロン(1989年製作の映画)
5.0

「ウソと戯言ででっち上げた”現実”かね?そんな”現実”、分からん方が幸せだ!」

ずーっと観たいと思っていた「バロン」!
BS松竹東急で放送されるのを偶然知り即録画予約。
無邪気で残酷、シニカルで風刺の効いたギリアム節が炸裂していてやっぱり好きでした。
「バンデッドQ」や「ドン・キホーテ」の雰囲気ももちろんあるんだけど、オズの魔法使いやネバ―エンディングストーリー、ピーターパンやピノキオ、西遊記や里見八犬伝など津々浦々のおとぎ話をちょっとずつ足していったような物語で、想像以上にファンタジー。けれどその冒険を繰り広げるのがおじいちゃんと小さな女の子っていうところがツボで、やっとの思いで再会できた家来たちもこぞって年寄り(笑)千里眼だった家来も老眼になっちゃってるし、パワフルロングブレスで敵をひと吹きしただけで疲れて息切れ(笑)そんなおじいちゃんズの背中をさすりながら、小さな女の子サリーが故郷を守ろうと奮闘するお話です。

かつての家来を探しにやってきたのは月。
ここには”体”と”頭”の意見が一致しない万物の王がいました。
食欲や性欲を満たしたい”体”、そんな欲に支配されず理性的でありたい”頭”。俗物な”体”から逃げ回る”頭”だけれど、”体”の反応には抗えないし、ついには虫取り網で捕まえられてしまう。
”体”が死んで「これで自由だ!」と喜んだのも束の間、今度は自分のくしゃみを手で抑えられず、その勢いで遥か彼方に吹き飛んでしまう・・・

月から落っこちたバロン一行は火山の噴火口に着地。神バルカンとヴィーナスに出会います。
武器を作り、いろんな国に輸出しているバルカン。
「いま作っているのは核兵器だ。これがあれば男だけじゃなく女も子どもも、羊や牛、犬や猫もみんな死ぬ」
「そんなのひどいじゃない!」サリーが叫ぶと、バルカンはこう続けます。
「もっとひどいのは、殺す相手を見なくて済むところだ。バカンスの最中でもボタンをぽちっと押すだけで大勢を殺すことが出来るんだからな」
薄暗い洞窟の中、突如現れるバルカンの妻ヴィーナス。
ボッティチェリさながら天使を連れて貝の中から登場する美しい女神に、一行は目を奪われるのです。

欲と知性が対立する月、暴力と美が燃え上がる火山、そして死と生を象徴するバロンとサリー。
対照的なモチーフが共存するこの映画は、全体を通して「人間の一生」という感じがする。
欲も知性も暴力も、そして生も死も、どれも私たちが持っているものばかり。「この人はずっと知的、でもあの人はずっと暴力的」なんてことはなくて、その日そのときどき、刻一刻と人は変わる。バロンだって「もう静かに死なせてくれ」と弱々しく呟く日もあれば、美しい女性に頬を赤らめ、どこからともなく真っ赤なバラを差し出す瞬間だってある。人間が多面的であるのと同じように、ロマンティックな映像とブラックユーモアのセリフが盛り込まれたこの映画もまた、”生き物”なんだと思う。

死神に魂を吸い取られそうになるのを何度も救われ、ついに死んでしまってもまたすぐに蘇るバロンという名のイマジネーション。
「南の島に住む巨人のことなんて誰も信じない。ワインの海なんて誰も知らない。ひどい世の中だ」と嘆くバロンに救われる私がいる。
法則や理論がどれだけ変わっても、私のこの想像力は変わらない。そしてイマジネーションを楽しむことが日々の活力になる。

その気になったらまたいつでも戻っておいで。船はいつでも君を待ってる。
そう呼びかけてくれるような映画だった。
ろ