Oto

恋愛小説家のOtoのレビュー・感想・評価

恋愛小説家(1997年製作の映画)
4.2
こんなに面白い映画だったとは...。原題は"As Good as It Gets"(これが限界)。
「変人喜劇」(スクリューボールコメディ)として最高レベルの完成度だと思うので、『まともじゃないのは〜』や『アパートの鍵〜』とかで笑った人にも勧めたい映画。

簡単に説明すると「売れっ子恋愛小説家なのに、偏屈で孤独に暮らす男が、隣人や近所の犬との交流によって、初めてウエイトレスに恋をして旅に出る」という物語。
主人公だけでなく、強盗に襲われて創作意欲を失ってしまったゲイの画家、病弱な息子の看病によって自分を捨ててしまった母親、などいわゆる「持たざる者」ばかりが出てくる物語だけど、全員がすごく魅力的で愛らしい。不思議な三角関係のようにこの三人が絡み合って、全員をすごく応援したくなる。

セリフが最高だし演出も非常に的確。
特に感銘を受けたのが、ウエイトレスのキャロルと病弱な子供との暮らしを伝えるためのシーンで「男を連れ込むのに現実が見えてしまって振られる」ということをやっていたり(ここの"Just a little too much reality for a Friday night."も素晴らしい)。
あとは、いかに彼女が自分の時間を捨てていたのかが伝わる「押し入れからホコリだらけのスーツケースを取り出す」シーンで、"何を詰めりゃいいの?"もすごく端的に人物と過去を描写している。

緊張感があるシーンが多くて、軽々しく息子の話をしたときに出て行けと言われたり、お礼の手紙を受け取らなかったり、ディナーで口をすべらせて帰られたり...展開に起伏があるのでご都合主義に見えない。絶対に人と付き合うなんて無理だろうと感じるような主人公なのに、いつの間にか応援できてしまう。
「金属バット」の漫才に近いのかもしれないと思った。笑いの種類も「言っちゃいけないことを言う・やっちゃいけないことをやる」という系統だし、一見はすごくやなやつだけど実はすごくチャーミング。強迫症の特徴として描かれている道の歩き方なんかも伏線として回収されるから見事。

いわゆる「ウェルメイド」な作品じゃなくて、犬を貸すという展開を作るためにわざわざ「画家がモデルの工作でその仲間たちに襲われる」という複雑な出来事を作っていたり(そしてモデル自身も描かれた喜びがある分それに葛藤する)、映画から「複雑さ」のようなものを排除していない、ヌーヴェルバーグのような「突飛さ」というか「斜め上」の展開を感じたのがすごく好きな要素。分析的に作ることが難しそうだし、だからこそ映画の自由さを教えてくれているような。それにしても画家への仕打ちはかわいそうすぎる...。

犬を返した後に「あんなブスな犬ころ!」って叫びながらピアノ弾くシーンが笑えて泣けてすごく好き。「ここにカニ料理はあるよね?」って聞きまくるのも可愛くて最高だし、幸せの結末が「開店と同時にパン屋に行くことを口実に出かける」なのも最高。
ロマンチストでチャーミングな人物設定を脚本が見事に成し遂げているのもあるけど、やっぱりジャックニコルソンにしかできない役だったのではないかと思う。主演男優と女優のW獲得も納得。

脚本も一度丁寧に分析してみたい。恋愛小説家ならではのロマンチックなセリフや、成功しているからこそ医者を雇ってあげられる、序盤の執筆を邪魔されて怒る、など生かされている要素はもちろんあるけど、「創作の葛藤」みたいなものを完全に排除しているのがすごい。
犬やウエイトレスの異動によって「ルーティンが壊れて非日常に連れて行かれる」ことの不安定な面白さを味わう映画だなと感じた。『幸せなひとりぼっち』『グラントリノ』『ラブアゲイン』のような孤独な中年以降のヒューマンドラマにはこの葛藤が多い。「いい人間になりたくなった」って『アパートの鍵〜』にも似たセリフがあったな...。
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