emily

何も変えてはならないのemilyのレビュー・感想・評価

何も変えてはならない(2009年製作の映画)
4.0
フランス人女優ジャンヌ・バリバールの歌手活動を追ったドキュメンタリー映画。歌のレッスンからアルバム作り、ライブの映像を挿入しモノクロ映像の中で5年間の活動の軌跡を追う。

 固定カメラによる客観的な視点で永遠とワンフレーズを納得いくまで繰り返していく。モノクロの映像の中に、彼女の顔の白さだけが浮き彫りになり、表情はあまり読み取れない。白黒というよりも黒が非常に強く、白いスクリーンを使って見せる光と影が醸し出す独特の幻想感と、骨太な歌声の交差が生き物の「今」を映し出す。ただそこに映されているのだ。

 それは彼女を知らない私からしたら無意味で、とても退屈な映像の連鎖である。しかし徐々に徐々にその歌声が心の奥で形を持ち始めるのだ。ピアノの奏者越しに彼女を捉える。このシーンが絶品の構図である。その姿もほとんど映らず、ピアノの音がしっかりと耳に響き、男性の声の間から聞こえる。いつの間にか彼女の歌声を聴こうとしている。あの骨太の歌声を聴き分けている自分がいるのだ。時折挿入されるライブのシーンも引きの映像によりその臨場感を味わえる物ではない。爆音で伝わってくる訳ではない。あくまでカメラを感じさせる客観的な視点で捉えており、しっかり境界線が引かれている。

 窓から光が注ぐ部屋でのレコーディングもある。マイクの前からカメラは捉え、光が左からさすことにより彼女の顔はほとんど見えない。煙草の煙がもくもくと立ち、時折自由な今を切り取るカメラにハッとさせられる。偶発的であるようで、計算されつくしたような突き放したカメラにくぎ付けになる。それはすべてが重なった結果作り出された「今」であり、何かが伝わる訳でも何かが変わる訳でもない。見終わった後に何か満足できるものがある訳でも背中を押される訳でもない。今の連鎖で作品が作られていくように、ワンフレーズにこだわり、アレンジの一つに時間を費やし完成されていく曲作りが交差する。しかしそれは終わる事なく、満足されることもない。常に追い求めていく。しかし結局最初がシンプルなのが一番良かったりもする。
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