★ 思考停止に陥る恐怖を描いた秀作
これは怖い映画ですね。
セクハラ疑惑で自殺した産婦人科医の“妻”が、告発した家庭に“乳母”として潜り込んで復讐する…という物語。じわりじわりと足元が崩れていくような…そんな感覚に陥るサスペンスです。
この復讐が本当に陰湿なのですね。
子供の信頼を奪い、頼るべき夫との絆に楔を打ち…心を寄せるべき家族を信頼できなくする…これほど恐ろしい話はありません。なかなか嫌な気持ちになる脚本です。
…が。
本作で面白いのは《被害者》が本当に《被害者》なのか、と疑問を抱く表現があること。確かに表面上では“身勝手な復讐”を描いていますが、真実は何処にあるのか…と考えてしまうのです。
例えば、誰かを告発するとき。
それが真実かどうかを考えていますか?
感覚に頼り、衝動的に発言していませんか?
正論を振りかざし、他人を傷つけていませんか?
確かに理屈での“正義”は《被害者》にあるのでしょう。でも、だからと言って“何も考えずに正義を執行する”ことは本当に間違っていないのか…と突き付けてくる作品なのです。
しかも、そこに気付くかどうか…。
と観客を試しているのも見事な限り。
何しろ、オープニングからして、やたらと綺麗なストリングスの旋律を流しながら《被害者》の家庭を描きますからね。「この家庭に問題は無い」なんて印象操作をしているのは明白なのです。
また、色々な部分に“違和感”を仕込んでいますが、気付かない人は気付かない…そのさじ加減も巧みでした。表層だけでもサスペンスとして成り立っていますからね。どのような視点でも楽しめるのです。
そんな素晴らしい筆致で物語を描いたのは『L.A.コンフィデンシャル』のカーティス・ハンソン監督。なるほど。着地点が見えそうで見えない展開になるのも納得ですね。
まあ、そんなわけで。
信じるとは何か…を痛烈に問うサイコスリラー。“思い込みで他人を判断する”ことの恐ろしさを堪能できる作品でした。出来ましたら、真実は何処にあるのか…という視点で鑑賞することをオススメします。