イタリアの小さな村を舞台に、ふとしたことから偽の夫婦を演じることになった男女の虚実を描く。
主演にジュリエット・ビノシュと、本作がスクリーン・デ ビューとなるオペラ歌手のウィリアム・シメルを迎え、異色の恋愛ドラマを撮ったイランの巨匠アッバス・キアロスタミ。
そのカメラは、持ち味である長回しロングショットを封じ、バストショットの切り返しで男女の会話劇を映し出し、役者との距離をグッと縮める。
イギリス出身の作家が村の講堂で講演を開く。自著「贋作 本物より美しき贋作を」の出版を記念したもので、彼の言葉に共感した女性が後日、経営するギャラリーで作家と再会する。
彼女は、面白い場所に連れて行ってあげると彼を誘い、「🔶9時🔶までに戻らないと列車に遅れるから」と言いつつも誘いに乗る作家。
男はジョークを言い、女は妹を語る。男は本物と贋作について熱く語り、女は息子を語る。
矢継ぎ早に言葉を投げるのではなく、質問すると相手の答えを待ち、持ち上がった話題に対して互いが忌憚なく意見し合う。
「子供の名言に大人は耳を貸さないが、同じことを哲学者や作家が言うと感心する」
「本物もモデルの美女の複製だ」
もう喋りっぱなしである。2人は友人でも恋人でもない。知り合ったばかりの2人が何年分もの言葉を交わすようで、その会話が実に面白い。
カフェの女主人から「いい旦那さんね」と言われた事がきっかけで、夫婦を演じる事になる後半が更に面白い。
記念日に眠り、オシャレに気付かない夫に女は怒り、男は居眠り運転を責める。その口論は、あたかも本当の夫婦であるかのようだが🔶贋作🔶の夫婦だ。
「トスカーナの贋作」はモナリザと偽夫婦のダブル・ミーニングなんだろう。
「本物より美しき贋作を」
本当の夫婦ではないからこそ言える事もある。男はそっと肩に手を乗せ、女はそっと肩にもたれた。そんな2人に夜はこない。抱擁もキスもない9時までの夫婦ゲームに引き込まれた。