ひでやん

空白のひでやんのレビュー・感想・評価

空白(2021年製作の映画)
3.7
いつまで経っても消えない悲しみと、いつかは切れる怒りのエネルギー。

娘を亡くした父が怪物と化して暴走。その怒りは空っぽの心を埋めるためでもあり、自身に向けられない怒りの矛先を他者へ向けているようでもあった。娘の話に耳をかさず、無関心だった時間が空白となり、娘を知る事でそれを埋めようとする姿が痛々しい。

粗暴で威圧的な父、自己評価が低い店長、自己満足の正義を振りかざす店員、皆それぞれに空白があり、「自分は悪くない」という思いがある。加害者と被害者が入れ替わり、白か黒かの区別もつかない中間に置かれっぱなし。登場人物の中で好感が持てたのは同じ船に乗る若者くらいで、他は誰も好きになれなかったが責める事もできないモヤモヤ。

そう、モヤモヤの始まりは万引きである。鞄やポケットに商品を入れる描写が一切なく、逃げ出すまでに別室で何があったのかも描かれない。ぬいぐるみの中に小遣い以上の物が隠されていたので、過去に何度もしていると思われるが、手を掴まれた時は犯行前のように見えて、そのタイミングがモヤモヤ。そもそも以前から万引きに悩まされていた店なのに、防犯カメラを録画していなかった事が解せない。

悪意のある報道と善意の強要、真逆でありながらどちらも辛い。「相反するものは同じ概念の両端にある」という言葉を思い出した。人は誰もが白と黒のどちらにも成り得る。

重苦しい不穏な空気と息苦しい緊張感の連続だったが、後半は空っぽの心に注いだ墨汁が水で薄められていくような展開で、ほんの少しだけ救われた。自責の念に苛まれていた加害者の母、その真摯な謝罪が胸を締め付けた。涙に濡れた声は暴走列車のブレーキとなり減速。

心では赦しているが決して謝らない父。一番許せないのは自分自身なのだろう。「時間」が経てば報道は切り替わり、世の関心は次へと移るが遺族の悲しみは決して消えない。悲しみは消えないが怒りは沈まる。例えは悪いが、無数の光線で破壊の限りを尽くし、エネルギー切れで停止するゴジラのように。

怒りはエネルギーを使う。とにかく怒りは疲れる。ラストの「疲れたなぁ」が沁みた。
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