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赤い靴のKuutaのレビュー・感想・評価

赤い靴(1948年製作の映画)
3.8
バレリーナのヴィッキー(モイラ・シアラー)が、芸術に全てを捧げることを求めるプロデューサーと、夫との結婚生活のどちらを取るのか、というお話。絵で始まり絵で終わる寓話性の強調。

赤い靴の初演シーンは15分ほど続く。踊り単体の美しさはもちろん、合成や編集をふんだんに盛り込み、彼女の見ていた芸術の世界を映像化している。この美しさがないと、後半の葛藤が生きてこない。

中盤、ヴィッキーが夫に付いていくと決めた場面、路上のヴィッキーがマンションの上の部屋にいる夫に声をかけ、夫は喜んでタオル?を下に投げる。解放的な青い海も背景に絡んだ美しいショットだが、この夫婦の上下の目線の交錯は、とても嫌なアレンジをされて最後に再登場する。

二つの世界の間で不安定になっているヴィッキー。久しぶりにプロデューサーと再会する場面、汽車の中から駅のホームを見ると、赤と青(=バレエと夫)だけが浮き上がり、他は全て白黒。雑踏の中から、白黒スーツのプロデューサーが現れる。芸術の世界に引き戻されかかっている彼女のホラー的な主観が、テクニカラーらしい色の強調で表現されている。

彼女に自由に生きる選択肢はなく、バレリーナか妻か、いずれかの役割を強制される。そこで、彼女が最後に発した言葉が絶妙だった。芸術への思いでも、夫への愛でもなく、「靴を外して」。彼女は男に押し付けられたステージから辛うじて離脱する。

(短い文章に意味を詰める台詞回しが光る。序盤の会話劇も良かった)

さらに上手いのが、この後の編集。靴が瞬間移動している。線路の上(現実世界)で靴を脱ぎ、彼女は解放されたように見えるが、靴は画角から外れて消える。
次のカットは彼女抜きで演じられているバレエのステージ。誰もいないスポットライトの中で、彼女の魂が踊り続けているように見える(「ドアが壊れて勝手に開く」という序盤の伏線を回収)。小道具として、赤い靴が現れる。

この編集を経て、赤い靴は定位置に戻り、次の女性を待ち始めたのかもしれない。いったん外の世界に逃げ出した赤い靴の物語が、「ステージ上」に再び収斂し、寓話に引き戻されるという急展開を一息で見せている。

監督は「黒水仙」のマイケル・パウエルとエメリック・プレスバーガーのコンビ。撮影も同じくジャック・カーディフ。数年前にスコセッシがリマスターしたらしいが、私が見たU-NEXTのは、自分のネット回線のせいかもしれないが全体にボヤッとしていて、正直あまり集中できなかった。良い環境で見てたらもっと高得点だったかも。76点。
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