まりぃくりすてぃ

楢山節考のまりぃくりすてぃのレビュー・感想・評価

楢山節考(1958年製作の映画)
5.0
完璧。世界遺産。(最悪作である今村昌平版の何億倍・何兆倍・何京倍もこっちが良い。)

全シーンがセット撮影、であれば少々息苦しく閉ざされてるはずの空間を、長唄がひょいひょいと突破。時に台詞を補い、時に情感を強め、お天道様の高みに舞台を常に(まるで土ごと持ち上げ)通じさせてくれる長唄に“後のことを任せ”、役者たちは各位置で役目をただ生ききった。
おりん役の田中絹代さん、ただただ偉大。

一片のムダもないこの最高映画に、圧巻の長回しが殊に咲いてる。
❶後妻として来たタマさんに昼餉を用意するおりんの、何やら尋常じゃない「にこやかな」ちょこまかさ。膳が優しいままタマさんに渡された時、私も嬉しくて泣きそうになった。
❷姥捨て前の儀式。和の真髄、が悲哀を超えておごそかさとともに張り詰める。ある意味では頂上といえる美シーンかもしれない。
❸そして山頂! もう、まばたきする時間さえもったいないほどに、母子の最後の全空気を一瞬一秒でも長く私もこの瞳に吸い込みたくて、一センチ、また一センチと身を乗り出して見入った。映画館でこうするのってめったにない。

もちろん、おりんを背負って山道を行く息子・辰平(高橋貞二さん)のせつなさは伝わって伝わって伝わりすぎておりんはもう私のお母さんだったし、そのおりんの小ささは可愛くて弱くて強くてとっくに観音さまになってたし。
歯を自ら傷つけて苦しむおりんの後ろ姿は、老女でなく明確に童女っぽかった。ここを本作唯一の欠点とみることもできるが、減点なんて鬼行為は私にはできない。絶対に、絶対にすべての人が今すぐ親孝行したくなる映画。

[川崎市アートセンター・アルテリオ映像館「おやこ映画祭」]


◆追記◆
新旧二本上映後、映画監督の原恵一氏のトークイベント。原氏はこんなことを語った。「今村版はいいと思わない。木下版が断然いい。木下版には『人間はこうあるべき』という愛がある。なぜそう出来たかといえば、木下さんは本当にお母さんが好きな人だったから。今村さんが木下さんに『新しいの作っていいですか』と許しを求めた時、木下さんは『いいよ。おやりなさい』と言った。そしてオールセットの木下版が既にすばらしかったから、今村さんは『僕の方はリアリズムで行きます』と。そしたら、結局今村さんのがカンヌを獲っちゃって、木下さんは随分悔しい思いをしたそうだ。本当は、木下さんの時にカンヌを獲るって言われてたんだけど、その時は松竹がバカだった。松竹は『親を捨てるなんて日本の恥さらしだ』と言って全然宣伝活動をしなかった。それで『宮本武蔵』っていうつまらないのが他のを受賞しちゃった。……今村版は木下版よりはるかに劣ると私(原)が発言したのを今村版の編集とかをした者らが聞きつけて、後日、酒の席で彼らに袋叩きにされた」
・・・・・・・・今村監督版のどこにリアリズムが????