shibamike

Mのshibamikeのネタバレレビュー・内容・結末

M(1931年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

終盤の私刑裁判シーン。
廃墟の地下で大勢の一般市民が連続女児殺人犯(8人殺し)を睨み付ける。
ここにいる全員が「この犯人は即刻死ぬべきだ」と信じている。
何故か分からないが、強烈な憎悪を向けられている犯人を見ている内に"自分も生きていてはいけない"という気がしてしまい、犯人自らが話した弁解を聞きながら、涙が止まらなくなった。
「お前らに俺の何が分かる」
犯人が叫ぶ最低の発言である。女児8人を凌辱して、殺したヤツが言っている。
しかし、自分の感情はこの犯人の告白にシンクロしてしまった。僕も性犯罪者なの?

上映終了後もしばらく興奮が収まらず、渋谷から新宿まで夜道を歩いた。
金曜の夜で、街は非常に賑わっている。
自分が犯人に親近感を抱いたのは"疎外感"の部分の気がした。
あーあー悲劇のヒロインぶっちゃって、と頭の中で声が聞こえたので、ここはひとつ悲劇のヒロインということでよろしく。
「お前らに俺の何が分かる」
こんな言葉はどんな状況でも、口にしてはいけない唾棄すべき言葉だと信じて疑わなかったが、この言葉には強力な力があると思った。
そして、犯人を演じたピーター・ローレの演技が凄まじかったと、自分は記憶しておく。

最近、ラジオで死刑制度に関しての話を聞いた。先進国では死刑制度を廃止している国が多くあり、世界的な流れとしては死刑制度廃止が主流らしい。
日本ではつい先日、オウム真理教の人達の死刑があったように絶賛死刑制度活用中である。
死刑をやめて犯人を反省・更正させるというのが立派なのは分かるが、自分が遺族側になったらと思うと、死刑を願うのは間違いない。
上述したラジオの解説で興味深かったのが、「被害者に遺族がいる場合といない場合とで、量刑に差が出てはいけない」というもの。脱線しまくり!


映画冒頭から子ども達が世間を騒がせる猟奇殺人犯の数え歌で遊ぶなど、不気味な演出バッチリ。
そして、我々観客も凄惨な女児殺人を目の当たりにする。
転がるボールと電線に引っ掛かった風船、この事件はただ事ではないと確信させる。

女児を狙う卑劣な犯人の顔がスクリーンに映る。「こいつはそういう卑劣なことやりそうやわ」とピーター・ローレを観て失礼ながら、思ってしまった。神経質そうでギョロ目が怖い。

ピーター・ローレの犯行への衝動描写が生々しかった。好みの女児を観ると、明らかにじっとできなくなり、震え出す。欲情しているのであろう。人間ではなく獣に見えた。今すぐにでも襲い掛かりたい衝動を彼は寸手で堪える。そして、彼はお決まりの「口笛」を吹き、冷静を装う。獣が紳士の皮を被って女児に接触する。…が、盲目の風船売りがこの口笛のメロディーを覚えていて…!

この映画の最初のハイライトは一般市民が犯人追跡中に犯人の背中に白墨で「M」と写し付ける所であろう。このシーンを見た瞬間、自分はぞくぞく震えて目眩がした。何故「M」なのかネットで調べたら、淀川長治の解説によると「MURDER」の頭文字とのこと。なるほど。

オフィスビルでの犯人追い詰めは緊張感が緩み、ちょっとドタバタ調。てか物乞組合って、めっちゃ面白いんですけど。

クライマックスは残虐な犯行に我慢の限界を超えた一般市民が無理矢理開いた私刑裁判(警察を出し抜いて、一般市民で犯人を捕まえた)。
裁判長(凶暴な男)がピーター・ローレに告げる。「一般市民ばかりであるが、この裁判には法律のプロもいる」と。そして紹介される法律のプロが、監獄に5年やら10年ぶちこまれていたという法の裁きを下す方じゃなくて、裁きを受ける方のプロばかり(めっちゃ笑った…)。

開き直ったピーター・ローレが弁解をする。「いつも罪に対する後悔の念で誰かにつけられている気がする。それを忘れられるのが、"あれをしている時"だけなんだ。」実際のところ、本当にそういうものなのかも知れないが、そこをグッと辛抱・我慢できんもんなのかねぇ?というのが、聞いている側の感想。それが我慢できないから、困ってる!と犯人は言うが、そうなってくるともうどうにもならない。

死刑をしたい一般市民が叫ぶ。「こいつをもし許して死刑にせず、しゃばに出したとして、また女児が殺されたらどうする!」至極もっともな意見である。

この私刑裁判には一応犯人の弁護士が一人おり、この弁護士が一人ながら気概を見せる。「犯人本人がどうしようもないもの(衝動)で犯した罪を犯人に全責任を求めるのは酷だ」的なことを言っていた…と思う(うろ覚え)。

1931年、既にこういう議論があった。現代を生きる自分は恥ずかしながら、この映画のレベルに達していないと思った。凄まじい映画を体験した。
新しいとか古いとか一体何なのさ!あっちょんぶりけ!
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