アニマル泉

殺しの烙印のアニマル泉のレビュー・感想・評価

殺しの烙印(1967年製作の映画)
5.0
鈴木清順と仲間達が狂い咲きした奇跡の傑作。「高さ」と「距離」の映画だ。
タイトルバックは飛行機の着陸。大和屋竺が歌う「殺し屋のブルース」が流れる。宍戸錠は殺し屋ナンバー3、本作はそもそもが殺し屋ランキングを上がり下がりする物語だ。宍戸錠が南廣に誘われて要人を護送する冒頭の30分が凄まじい。ギャビン・ライアル原作の「深夜プラス1」をなんと使い切ってしまうスピードだ。ジャンプカットが冴えわたる。BARの場面はカットごとに人物があちこちに飛ぶ。いるべきところに人がいなくなる。お化けである。そして全てのカットがシャープに決まる。護送中に襲撃されると思いきや若者たちの暴走だったというくだりも宍戸錠はいきなり車煙のなかドアを開けて低く狙撃ポーズを決める。鮮やかなジャンプカットだ。ジャンプするのでいるべきところに人がいなくなるし、本作は空ショットも多い。この「お化け」映画はやがて「ツィゴイネルワイゼン」に昇華することになる。
本作は殺し屋同士の孤独な戦いだ。警察は出てこない。車が活きいきと砂埃を上げて走り回り、見えない所から銃声が響き渡る、場所は無人の荒野か廃墟だ。ゴダールをもじれば「車と拳銃があれば映画が出来る」と言わんばかりだ。純粋で抽象的で非日常的な世界が構築される。護送しながら敵はどこから撃ってくるか?高所からの狙撃が多い。宍戸錠は下から次々に敵を撃ち、廃墟から敵が落下する。「高さ」の戦いだ。トンネル、一本道、波止場も素晴らしい。清順得意の縦構図での撃ち合いだ。宍戸錠はスナイパーだ。ライフルで狙撃するためには距離が必要だ。お互いに見えない所から撃ち合う。身を晒したら死が待っている。本作は「距離」を詰める、確保する映画でもある。特異なのは屋上看板のライターが開いた瞬間の狙撃、水道菅を外しての洗面所の排水口からの狙撃、これはジャームッシュが「ゴースト・ドッグ」で引用している、などの距離を確保しての狙撃だ。本作の白眉は中盤の波止場の戦いだ。敵は離れた距離から宍戸錠を狙っている。宍戸錠からは敵が見えない。宍戸錠は車の下に潜り込んで車をロープをたぐって前進させながら敵との距離を詰めていく。この場面は「高さ」と「距離」の主題が交錯する本作の白眉だ。そして「車」と「人間」が稀有な相棒になる神話的な場面である。このあと後半は幻のナンバー1の南原宏治との対決になるのだが、最初はマンションに立て篭もる宍戸錠に対して、南原宏治は見えない距離から的確に銃撃して追い込んでいく。そして驚くべきことに南原宏治は宍戸錠と一体になって勝負しようという。つまり距離ゼロだ。トイレにも行けず、一睡も出来ない。隙が出来たら殺される究極の設定だ。つまり本作はナンバー1との殺し合いが距離が詰まってゼロになってしまう物語だ。この構造はメロドラマである。男女が距離をいかに詰めて接吻するか?と同じ構造なのが面白い。本作では前半にもう一つ距離ゼロの殺し合いがある。ナンバー4の大和屋竺と南廣が抱きつきあって拳銃を撃ち合う場面だ。このあとニヤリと笑う大和屋が、アルドリッチの「ヴェラクルス」のパート・ランカスターを彷彿とさせて印象的なのだが、ここでもスナイパー達にとって身をさらして距離がゼロになるのは死を意味している。
「高さ」の主題は他にも氾濫している。マンションの螺旋階段、宍戸錠と小川万里子がガラス張りの床で交わるのをカメラは下から狙う。何故かベッドはいつも使われずに空ショットで示される。狙撃した後に宣伝バルーンに飛びのり逃亡する。ナンバー1の狙撃を交わすために宍戸錠がロープで宙吊りになる。
「水」も清順の主題だ。トイレの水流に渦巻く人の髪の毛、大雨、シャワー。大雨の中に現れる真理アンヌは水のイメージだ。「殺し屋は乾いてなければいけない」が宍戸錠は真理アンヌの水の世界に取り込まれていく。「プロの殺し屋は孤独を乗り越えないといけない」のに宍戸錠は真理アンヌを愛してしまう、という物語でもある。ライフルに吸い付いて狙撃が失敗してしまう蝶々や鳥も真理アンヌのイメージとなる。
「火」の主題は、宍戸錠が小川万里子を撃つと突然おきる火事であり、真理アンヌの火刑である。
「円」の主題は風船、スコープ、弾痕、そして目玉だ。パロマの炊飯器も円形だ。飯を炊く匂いに恍惚となる宍戸錠が広告として反復される。宍戸錠は本作の出演にあたり鈴木清順から「飯を炊く匂いを嗅ぐと勃起する殺し屋の話だ」としか説明を受けずに演じていたという。
「スクリーン」も清順印だ。真理アンヌの拷問がが映されてスクリーン前で絶望する宍戸錠に真理アンヌが投射されて一体となるショットは官能的である。
「鏡」も随所で活用される。マンションに立て篭る宍戸錠と南原宏治の戦いに響く鐘の音が印象的だ。
ラストは後楽園ホールの深夜のリングだ。お互いに場所がわからない「距離」の世界の対決だ。「ナンバー1は俺だ!」ラストは落下、そして無人のリングとなる。
白黒シネスコ。
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