青山祐介

ニーチェの馬の青山祐介のネタバレレビュー・内容・結末

ニーチェの馬(2011年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

1889年トリノ、ニーチェは、鞭で脅されても動こうとしない疲弊した馬にかけより、その首を抱きかかえ発狂した。2時間無言で寝椅子に横たわっていた後、最期の言葉をつぶやく。『母さん、私は愚かだ』。それから亡くなるまでの10年間、穏やかだがニーチェの精神は闇に閉ざされたままであった。
『自分の仕事は終わった』というタル・ベーラ監督の最後の作品。映画冒頭のトリノの馬を駆る長いシーンの映像と音楽の美しさ。これほどの予感と戦慄に身震いした映画はいままで観たことがありませんでした。音楽が終わると、こんどは吹きすさぶ狂風。これがかえって底知れぬ静寂を生み出します。映画は、六日間にわたる父親と娘の日常生活を長回しのカメラで克明に描きます。左手の不自由な父親の着替えの介助、ジャガイモだけの質素な食事、井戸の水汲み、が繰り返し繰り返し描写されます。その圧倒的な映像に、流れる時間を忘れてしまいそうになります。
ある日、ナレーションで言われる「屈強で立派な髭をたくわえた」ニーチェとは対照的な、頭の禿げあがった髭のない来訪者が、この世の終末を告げます。
『町はめちゃくちゃで、何もかも堕落した。すべてが永遠に奪われた。善も悪もなく、この世に神も神々もいない。…』
終末は、七人の天使ならぬ、七名の流れ者の出現によって予告されます。井戸は涸れて、ランプは油を差しても点くことがなく、嵐はおさまります。食事は喉を通らず、静寂だけが広がります。そして七日目の朝を迎えます…。
流れ者の一人がくれた書物を、娘が指でなぞるように読み上げます。
『…主はみなさんと共におられます。朝はやがて夜に変わり、夜にはいつか終りが来る。…』
青山祐介

青山祐介