サマセット7

英国王のスピーチのサマセット7のレビュー・感想・評価

英国王のスピーチ(2010年製作の映画)
4.0
監督は「レ・ミゼラブル」「リリーのすべて」のトム・フーパー。
主演は「シングルマン」「キングスマン」のコリン・ファース。

[あらすじ]
1925年イギリス。
ジョージ5世王(マイケル・ガンボン)の次男ヨーク公アルバート王子(コリン・ファース)は、吃音症のため、王族の務めであるスピーチを上手く果たすことができない。
医師による治療も上手くいかず、妻のエリザベス妃(ヘレナ・ボナム=カーター)は、異端のオーストラリア出身の言語治療士ライオネル・ローグ(ジェフリー・ラッシュ)に夫の治療を依頼する。
ローグの風変わりなやり方にアルバート王子は苛立つが…。
一方、時代は第二次世界大戦に突き進み、イギリスとアルバート王子に試練の時が訪れる…。

[情報]
2010年公開のイギリス映画。
第83回アカデミー賞にて、「ソーシャルネットワーク」との賞レースを制し、作品賞をはじめ主要4部門を総なめにした作品である。

英国王が言語治療士の支援を受けて吃音の克服に取り組んだ実話に基づく。
主人公のヨーク公アルバート王子(後に英国王ジョージ6世)は、2022年に亡くなったエリザベス2世女王の父親で、現国王チャールズ3世の祖父にあたる。

自らも吃音症を患った過去のある脚本家のデヴィッド・サイドラーは、ジョージ6世のエピソードに共感して脚本を書き上げ、長らく映画化のチャンスをうかがっていた。
英国王室、特にジョージ6世の妻エリザベス妃の意向を慮り、妃の死後にようやく公開に至った。
サイドラーは、今作でアカデミー賞脚本賞を受賞した。

監督のトム・フーパーは、オックスフォード大学出身のエリートであり、長くテレビドラマの監督として活躍、プライムタイムエミー賞監督賞を受賞するなどしていたが、今作以前は、映画界や世間ではほぼ無名の存在だった。
今作が高く評価され、アカデミー賞監督賞を受賞。
その後も、「レ・ミゼラブル」「リリーのすべて」と評価の高い作品を撮っている。
被写体を意図的に画面の端に配置するなど、凝った撮影法を好む点に特徴がある。

今作は、ヨーク公夫妻と外国人の言語治療士が、身分を超えた友情と信頼を築き、障害や試練に立ち向かう話である。
映画の中心は、三者の会話劇になる。
今作でアカデミー賞主演男優賞を受賞したコリン・ファース、オスカー俳優のジェフリー・ラッシュ(パイレーツオブカリビアンのバルボッサ)、ティム・バートン作品などで独特のエキセントリックな役を演じることが多いヘレナ・ボナム=カーター(ファイトクラブのマーラ)の名優三者が、迫真の演技を見せ、高評価を受けた。

今作は、現在においても、英語圏で批評家、一般層問わず、非常に高い評価を得ている。
1500万ドルの製作費で作られ、アカデミー賞受賞の後押しもあり、4億2000万ドルを超える大ヒットとなった。
しばしば、2010年代の名作として取り上げられ、感動のドラマのオススメ作品などとして挙げられることが多い。

一方、今作の製作会社はワインスタイン・カンパニー。製作総指揮の1人はハーヴェイ・ワインスタイン。
今作は「ソーシャルネットワーク」との賞レースを制したが、ワインスタイン特有の強力なオスカーキャンペーンがオスカー受賞の追い風になった可能性はある(もちろん、作品自体の価値を損ねるものではない)。
なお、アカデミー賞は2000年頃から段階的にオスカーキャンペーンを規制する方向にある。

[見どころ]
王族と異国人との、身分を超えた友情!!
夫婦の絆!!
障害の克服!!過去との決別!!
そして、迎える試練の時!!
これら万人受けする要素満載の、王道ドラマ!!
会話劇で観客の興味を終わりまで惹き続ける、優れた脚本!!
そして、名優たちの演技合戦!!!
王室内幕もの、歴史もの要素もあり、興味深い!!
しかし、歴史や英国王室に興味がなくとも、全く問題なく楽しめる!!!

[感想]
英国王室もので、かつ吃音症の克服、という題材が目を引くが、内実は、王道の熱い友情ドラマであった。

一度は人生を諦めかけた者が、メンターたる存在と出会い、対立しつつ成長して、ついに試練に挑み、自らの人生を取り戻す。
みんな大好きな、王道の筋立てである。
グッドウィル・ハンティング、スターウォーズep4、ロッキー、ベストキッド、セントオブウーマンなどなど、この手の筋立てのドラマは数多い。
それだけ効果的だからだ。

今作の肝は、コリン・ファースと、ジョージ・ラッシュの会話劇にある。
吃音症で癇癪持ちのヨーク公を演じるコリン・ファースの演技は見事で、惹き込まれる。
が、個人的には、ジョージ・ラッシュが演じる言語治療士ライオネル・ローグに注目して見た。

無私独立、という。
医師などの医療従事者、教師、牧師、弁護士などの士業、コンサルタントなどの、いわゆる「プロフェッショナル」な人々が、患者、生徒、信徒、依頼者などのクライアントに対する時に心がける戒律である。
いったん業務にかかった以上は、私益を顧みず、患者や顧客の利益を最大にすることのみを考えて、助言や治療などの業務を行うこと。
同時に、雇われの上下関係ではなく、あくまで対等に、独立した立場で助言や業務を行うこと。
この戒律が守られなければ、プロフェッショナルとして適切な助言や業務を行うことはできない。
私益を優先して高い薬を売りつける医師や、依頼者に従属してその法律違反を指摘できない弁護士が、何の役に立つだろうか。

一市民に過ぎないローグと、王族たるヨーク公は、本来大きな身分の違いがある。
もしもローグが私益しか考えないなら、ヨーク公に媚びへつらって取り入り機嫌を取って、多額の治療費を巻き上げれば良い。
あるいは、雇われの地位にに甘んじるなら、ヨーク公妃の求めるまま、王宮にでもどこでも飛んでいくだろう。
しかし、ローグはプロフェッショナルとしてヨーク公に対して、街中にある自らの施療院に通うように求め、互いに愛称で呼び合うことを提案する。
そこには、私心はなく、従属でもなく、身分の貴賤に関わらずプロフェッショナルとして、独立した対等の立場で接する信念が見える。

ローグの施療の意図は、当初主人公のヨーク公(そしてコーク公の視点を通じて施療を観る視聴者)には窺えない。
その進め方は、ミステリアスだ。
意図がわからないヨーク公は、重ねられる個人的事柄を含む質問や、吃音を披露させられることにうんざりし、ついに怒って出て行ってしまう。
しかし、そこにはプロフェッショナルの経験に裏打ちされた施療戦略がある。
すなわち、吃音の原因は、何か?
徐々にローグの施療の意図とヨーク公の吃音の原因が明らかになる過程は、非常にスリリングだ。

人間味あふれるローグを演じるジェフリー・ラッシュが、とても良い。
彼は「エリザベス」では、ウォルシンガムという冷徹なスパイマスターを演じていた。
一方で、「パイレーツオブカリビアン」では、コミカルかつワイルドに、呪われし海賊船の船長バルボッサを演じていた。
優れた俳優は、カメレオンのように、役を演じ分ける。

やがて、ヨーク公は、英国王家内のゴタゴタと、歴史の荒波に巻き込まれていく。
ラスボスは、あのナチス・ヒットラーだ。
ローグとバーティの友情の行方は!?
バーティは果たして、国王として、吃音を克服し、世界の希望となるスピーチが出来るのか??
かくしてクライマックスは、少年漫画のラスボス戦のような盛り上がりを見せる。

全体として、誰が見ても面白いであろう、ウェルメイドな作品と感じた。
2010年の最高の作品かどうかはさておき、高い評価も納得である。

英国王室内幕ものとしても楽しめる。
ヨーク公の兄の性格や退位の経緯を知ると、どの世代も色々あるのね、と苦笑させられる。

[テーマ考]
今作は、障害を抱えた王子の成長譚である。
王と妃の、絆の物語である。
ある意味で英国王室の秘話の暴露でもある。
そして、身分を超えた、王と庶民の間の、あるいは、治療者と患者の間の、友情の物語である。
切り口は多様にある。

私は、依頼者の困難に、依頼者と共に立ち向かうプロフェッショナルの、仕事の流儀がテーマの話、として観た。

今作の終盤、プロフェッショナルであるか否かが、何によって決まるのかが、明らかになる。
資格ではない。
肩書きでもない。
では何か?
何よりもまず、専門家としての知識と技術と経験。
そして、その上にある、何か。
信念?使命感?コミットメント?

ラスト。
成し遂げたのは、一人だけではない。

[まとめ]
吃音の王子、という題材で、王道の熱い友情物語を描き切った、アカデミー作品賞受賞作。

ヘレナ・ボナム=カーターも良かった。
この人、レ・ミゼラブルの宿屋のおかみや、ハリポタの魔女など、エキセントリックな役のイメージがあるが、普通に愛情深い女性の役も、とても上手だ。