オルキリア元ちきーた

狂気の行方のオルキリア元ちきーたのレビュー・感想・評価

狂気の行方(2009年製作の映画)
3.3
狂気の行方〜My son My son,What have Ye done
2009年(日本未公開)アメリカ・ドイツ合作
監督:ベルナー・ヘルツォーク
製作総指揮:デヴィッド・リンチ

出演:マイケル・シャノン、ウィレム・デフォー、クロエ・セヴィニー 他

1979年にアメリカで実際に起きた母親殺害事件を元にしたサイコ・ドラマ。

これはスリラーとかサスペンスとかを期待して観るとガッカリします。
原題がそれを物語ってます。
そして何よりアメリカ嫌いのヘルツォークです。
ドラマチックなドラマじゃなく
じわじわと蝕む狂気の描写です。


アメリカ、サンディエゴで隣家を息子と訪れた母親が、息子ブラッド・マッカラム(マイケル・シャノン)に殺害される事件が起こる。
母親を剣で切りつけて殺したブラッドはそのまま自宅に戻り、人質をとって立てこもる。
ブラッドの婚約者イングリッド(クロエ・セヴィニー)や所属する劇団の主宰者リー(ウド・ギア)などが駆けつけ、ヘブンハースト刑事(ウィレム・デフォー)と共にブラッドの状況把握と彼の説得を試みる。

ドイツの鬼才ヘルツォークと
アメリカの奇才デヴィッド・リンチ
そしてイっちゃった役がよく似合うマイケル・シャノン
そして顔が怖いウィレム・デフォー

なんだろうこの血圧上がるのに背筋が冷たくなりそうな濃ゆい集まりは?w

映画の作りもヘルツォークとリンチの夢のコラボとあって
謎の静止動画(自力ストップモーション)シーン
謎の小人で謎を象徴するシーン
意味深な謎台詞
「警察官と犯罪者のどちらが本当の悪者か、ときどきわからなくなるときがある」
「瞑想はよせ。自分でモノを考えて、一貫した主張を持つんだ」
「すべては一言で言い表せる"今"だ」
「太陽が東から昇るのが許せない」

象徴的なエピソードやシーン
オートミールのパッケージのオッサンが神
過干渉な母親
伝道師の歌
濁流
フラミンゴとダチョウ
ペルーの凝視する人たち
メガネの天国への道
ガラス張りの建造物のときのトンネル
バスケットボールと枕
ホメロスの叙事詩イーリアスのオレステースの母親殺しの復讐劇


ブラッドという一人の人間の自立の物語だろうか。


父親を知らずに生まれたブラッドは母親の過干渉の元に育てられ
父親(神)はきっとオートミールのパッケージの絵のような男だと信じて大きくなり
ペルーでの「胸騒ぎによる運命」を自ら選んだことで「自我」に気付く。
しかし急激に浸透してくる慣れない自我の心地よさに振り回され
その違和感をホメーロスの復讐劇とダブらせてしまう。

ギリシャのミュケナイの王子オレステースは
幼少時に母親とその愛人によって父親を殺される。
成長したオレステースは母とその愛人に復讐する。
母親を殺したオレステースは復讐の女神の呪いにより狂人となり
神々の審判で裁かれる物語。

母親殺しの後に狂人となったオレステースは、神々の審判の際に
太陽の神アポロンが味方につくことで正気を取り戻し、審判も無罪となる。

ブラッドが言う「太陽が東から昇るのが許せない」というのは

自分が生きてきた状況がおかしいのに
オレステースのように母親を復讐して然るべき状況なのに

太陽は今まで通り正しく東から昇っている
太陽神アポロンは人の道に背いた自分を弁護してくれないのは許せない

家で飼われてる自分はまるでフラミンゴのように華奢だが
「本当は凶暴なワシなんだ。誰にでも噛み付くんだ」
鶏のように飼われていてもダチョウは凶暴さを失わない。
鶏より小さな騎乗の騎士は生まれたばかりの自分の自我だ。
しかし凶暴ダチョウ・ウィラードの様な狂気に追いかけ回され、襲われる日も近い。

大きくなりすぎた凶暴さは身を滅ぼすが
純粋に飛ぶことを夢見たバスケットボール競技時の気持ちは
その才能のある人に受け継いでもらいたい。

この現実と乖離していく自分が泣くほど辛いのに
やっと手に入れた自我は愛おしいから
悲しみは体の左半分でしか消費されない。
もうすぐ自分はメガネを円形に並べて作った
「天国と地球を繋ぐ門」を通れば『あちら側』へ行けるだろうか。
メキシコは死者と生者が交差する土地
父親が死んだ病院で買った枕で母親も葬ってやろうか
まだ正気な自分が殺されない限り
この狂った復讐心と自我は自分を蝕み続けるだろう。

過干渉な母親から飛び立とうとした雛鳥の
親離れの儀式は
力の加減が出来ない凶暴さで突然暴発するのだろうか。


「In to The Wild」の主人公とカブるスタンスを感じた。