オルキリア元ちきーた

マッチ工場の少女のオルキリア元ちきーたのレビュー・感想・評価

マッチ工場の少女(1990年製作の映画)
3.6
原木を削り出し細かく裁断された材料の先にマッチの薬剤を付けて箱に封入し、10個単位でまとめて包装してラベルを貼る…

そのラベルのシールの検品作業を
何の感情も持たないまま淡々とこなす所で
やっと主人公イリスの姿が映る。

マッチ工場の作業員。
おそらくは既に「(当時としては)結婚適齢期」を過ぎたくらいの年齢。
ハッとするほどの美人という訳でもなく
気の利いた利発さや知性があるという訳でもない。
それでも出会いを求めて社交ダンスホールに向かうが、おめかししている気配はない。
ダンスホールで誘いを待っている「壁の花」のまま、増えるのは待機中に飲んだジュースのボトルの数ばかり。

家に帰っても、ヘビースモーカーな母と
ろくに働いてなさそうな義父が
帰宅したイリスが作る夕飯を待っているだけ。
ボトルの酒(おそらくウオッカ)を両親にだけ注ぎ、自分にはコップさえ用意しない。
両親が待っているのは夕飯だけでなく、イリスの給料日が来ればその金は両親に徴収される。

家族の会話が無い、というか、会話する世界が見えない。

息が詰まるというより、息してるのか?
という「日常の風景」

そんな日常を、何とか変えようと
給料でドレスを買い求めるものの
義父に「売春婦か?」と詰られ殴られ
母親までもが「返品しろ」と反対する。

それでもめげないイリス
ドレスを着込み、ディスコらしき盛り場へと向かう。
目の合った男性から誘われ、一夜を共に過ごし、念願のカレシが出来た!と思ったが…

イリスには一人暮らしの兄がいて
最新?のロックなファッションに身を固め、自宅にはジュークボックスやビリヤード台まである暮らしをしている。
義父と母親が連むのを嫌っていて
「だから俺はあんな男と母さんが一緒になるのは嫌だったんだ」とボヤく場面がある

この兄も妹のイリスも、このクソみたいな環境から逃げるのを願って生きている。

主人公イリスの追い詰め方がど直球のストレート過ぎて躊躇するが
ここからイリスの怒涛の巻き返しが始まる。

しかしその巻き返しが斜め上の方向に向かっていくのが
アキ・カウリスマキの真骨頂なのだろう。

英語の表現の中に
the black seep of …というのがある。
小さなコミュニティ(家族や会社など)の中には
ある時「ブラックシープ」が生まれるのだという
従順で環境に馴染む白い羊ばかりの中に
1人だけ浮いている、馴染めない存在「black seep 」が混ざる。
そのコミュニティ内で、何か揉め事が起きたり、上手くいかなくなると
その浮いたblack seep に責任を負わせる

「あいつのせいで」
「あの子は困った子だ」

と、「(浮いている奴がいるから)上手くいかなくても仕方ない」と言い訳に使われることで、他の人達を納得させる存在になるのだという。
精神的なスケープゴートとして、排除されることなくそのコミュニティに存在し続ける。

the black seep of the family

従順な白い羊だと思われていたイリスの中に蠢いていた黒い羊の心

その心を行く先々で流れる音楽が煽り立てる。
TVからは「革命」を起こそうと必死になる天安門の学生達の姿。

しかし、本当の黒い羊は誰なのか?

娘から搾取すること・男に依存する事に罪悪感を持たない母親
その母子の所に転がり込んで来た無責任な義父
一夜限りの遊びで簡単に女を捨てる男

更に言えば、一人で別の生活に逃げて遠くから非難だけしている兄も

イリスにとっては、どいつもこいつも真っ黒な羊に見えるのではないか?

こんな奴らさえ居なければ……

黒い羊の群れの中にいる事で、白かった羊が黒く染まってしまった物語。