soffie

ブエノスアイレスのsoffieのレビュー・感想・評価

ブエノスアイレス(1997年製作の映画)
4.5
監督 ウォン・カーウェイ

主演 トニー・レオン
助演 レスリーチャン
チャン・チェン

1997年

2000年に香港返還を前にした世紀末

この映画を見る前に私はメイキング映画の
「ブエノスアイレス 摂氏零度」を見てレビューを書いた。

映画館で見なかった事から
その後20年ほど「ブエノスアイレス」を見たいと思って2022年になってしまった

見たいと思った時にはほとんどレンタルも無く、TVでも放映されず(TVで真夜中頃にひっそり放映される事も無く)、さらに私が加入しているNetflix、Hulu、アマプラでも待っていたが配信されなかった

AmazonでDVDは1万7千円の高値が付き、メルカリでは売りに出される度に即売り切れていたのでそれが余計に見たくなる原因にもなった

20代の頃はトニー・レオンを格好良いと思っても、レスリー・チャンの良さが「さらばわが愛覇王別姫」以外ではよく分からなかった。

Filmarksでレビューを書くようになり、ウォン・カーウェイ監督作品を立て続けに再び見た時

「レスリー・チャン!!最高!」と思った
、少しは大人になって「愛」と「人生」の何たるかを理解出来たのかもしれない。
特に「欲望の翼」を見てレスリーに心をがっちり掴まれた。

大人になってから理解が出来る世界が有る
例えば「ブロークバック・マウンテン」あの映画を初めて見た時「主人公2人が貧し過ぎて物語に集中出来なかった」
その後、やはりFilmarksレビューを書くために再び見て「普遍的な愛」について美しい世界の側面を見る事が出来て感動してしばらく泣き続けた。

「ブエノスアイレス」は当時友達が見に行って「Soffieのタイプの映画じゃないよ、凄く貧しくてとにかく汚かった」と身も蓋もない感想を言われて興味を持たなかった

多分あの時見ても確かに、貧しくて汚くて救いようがないと思って、その向こうにある激しい情熱や愛の葛藤に気付けなかっただろう。

〜〜〜〜以外ネタバレ⚠️危険〜〜〜〜〜
⚠️ネタバレ⚠️危険⚠️ネタバレ⚠️危険
⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎⤵︎















既にメイキング映像「ブエノスアイレス 摂氏零度」を見たので
この映画が監督によって何度も脚本が書き換えられて、撮影しながらも様々な変更が成されて、ほとんど起承転結がバラバラになった状態で、どうにか撮影後監督が1本の物語に仕上げた作品であり、撮影費用も底を尽き、スタッフも俳優もそして監督も消耗し尽くした作品なのは知っていた。

しかしウォン・カーウェイ監督は毎回同じように変更に次ぐ変更と期限長可と費用長可を繰り返す監督なので監督らしいギリギリの世界が描かれている

そのギリギリの世界から
不思議なウォン・カーウェイの世界線が見える、現実なのに何処か御伽噺のめいている、赤い色とうっすら黄色味を帯びた照明に浮かび上がる、愛のある(あるいは愛があった)場所は何故か湿度が高そうな湿った印象を受ける
「摂氏零度」ではその「湿度」について語られている、「湿度」は「生命力」だと。

たしかに「欲望の翼」の中でも主人公が女の部屋にいる愛の無い場面ではひんやりとしたブルーグレーの冷たい印象があった。


私は「ブエノスアイレス」を映画館で見なかったことから、20年あまりの間にストーリーも知ってるし映画の宣伝も見てるし、色んな場面もチラチラ見てきて、多分こんな感じの映画と思っていたが

流石ウォン・カーウェイ監督
男同士の恋人の痴話喧嘩場面をあそこまでリアルに撮る事が出来る人はなかなかいないと思った。

そもそもケンカの場面はみっともないものだ、男女であれ、男同士であれ、女同士であれ、そこに恋愛感情があり痴情のもつれがこれ以上縺れる事が出来ない位絡まってしまうと、痴話喧嘩する2人にとってそのケンカの行方は常に「別れるか」「別れないか」しか無い。

長年連れ添った恋人同士の痴話喧嘩はだいたいどうでも良い事で勃発する。

男同士が喧嘩をすると声も大きいし、そこに取っ組み合いやら殴るやらが入ると家の中もめちゃくちゃになる。

赤の他人から見ると「なんでケンカになるの?」と言うような事から大喧嘩に発展する。

性別も年齢も関係ない
惹かれ合いながらも反発する恋人達はだいたいどうしようも無い事でケンカを繰り返す。

映画の中でも
仲良くベッドでイチャついているラブラブ場面で「やり直そう」と言われるのが怖い別れたのにまた元に戻ってしまうから、とナレーションが入る

この2人は常に引っ付いたり別れたりを繰り返す「消耗型」の恋人同士なのが伺える

物語を全部見ると
台北で父親の友人の会社で働いていたトニー・レオンが、レスリーと出会って、其の会社の金を持ち逃げして2人で地球の裏側のアルゼンチンまで逃げのびた事が分かる

どうやら「イグアスの滝を見に行こう」と若者らしい無鉄砲さで逃避行をした事が伺える(映画にそんな場面はないが)
そして資金が底を尽き

資金が底を尽いた理由はレスリーが勝手に散財した様な事をトニーがケンカの時に怒鳴っていた。

台北に帰る旅費を貯めるためにトニーは観光客も来るタンゴバーのドアマンになり、レスリーはタンゴが踊れる事から女の客とも男の客とも踊る売り専のダンサーになっている所から映画は始まる

恋人に身体を売らせるほど2人はいきずまっていたのだろう、そしてレスリーは台北で既に売り専だったのかもしれない

レスリーがお金を使い果たしたので
「稼げばいいんだろ!」と恋人のトニーの了解も無しに売春した金を持って帰って来たのかもしれない。

映画の中でトニーは毎回どうにかまともな仕事を見つけてくるが
レスリーは白人男性の観光客相手に売春しかしていない。
恋人同士で片方が売春をして、それを生活費や渡航費に当てるようになるとだいたい2人の仲は大変難しい事になっていく。

台北の裏側のアルゼンチンのブエノスアイレスで、裕福な家で育ったトニーと、売り専の売春夫だったレスリーは憎み合いながら離れられない関係に陥っている

2人が最後に幸せだったのは
レスリーが客の恋人に逆上されて散々殴られてトニーのアパートにフラフラになってたどり着いた後
レスリーを介抱しながらトニーはドアマンをやめて厨房で働きせっせとレスリーを看病する

いつもフラッと居なくなるレスリーが遠くに行ってしまわない様にレスリーのパスポートをトニーは隠しておく。

レスリーは我がままでいつもトニーを振り回す、凍えるような雨の中傘もささずに散歩に連れ出して、トニーが熱を出して寝込んでいるのに「俺の飯は?腹が減ったから起きて」と言って

「お前は冷血人間か!オレがこんなに酷い状態なのに飯を作れって言うのか!」

と本気で怒ったのに結局、毛布を被り寒さに震えながらレスリーのご飯を作っている姿は(ああああああああぁぁぁ)こお言う事って男だから女だからではなく、2人の関係性から来る場面なんだな〜と胸が苦しくなった。

レスリーに振り回されても
目の前にいると言うことを聞いてしまうトニーと
トニーと一緒に居ると常にイライラしてしまうが離れるとたまらなく孤独になるレスリーを見ていると

この2人の間に共通点があるとすれば愛と憎しみと台北からブエノスアイレスまで来た時の旅路の記憶しかないのだろうと思われる。

やがて身体が健康を取り戻したレスリーは度々姿を消してはトニーの元に戻るがそれも「パスポート返して」と言う理由があるからだろう。

トニーは働いていた厨房で台北から来た1人旅をしている若者に出会う

彼は旅の旅費が底を尽き厨房で皿洗いのバイトをしてる、金が貯まると旅を続ける自由な身だが、ほとんど口も効かないトニーと何気に2人は心を交わす仲になるのは異国の地で会った同人種だからだろうか?

トニーは父親の友人から金を盗んだ事を心から反省して、賃金の良い過酷な精肉工場で働き、お金を貯めて国に帰る

そして厨房で会ったあの彼の両親がやっている台北の屋台に行き、彼の両親の店の料理を食べて、いずれまた彼に会えるだろうと確信をする。

結局トニーは自分で稼いで、アパートを借りて、せっせと貯金して帰国する
レスリーは何のために売春していたのだろうか?

チラッと出てきた台北のトニーの自宅はどう見ても大変裕福そうだった
(ウォン・カーウェイ監督の作品の中で上流階級を彷彿とさせる場面があるのは珍しい)

トニーはやはり会社の経営者の息子で、父の友人の会社で社会勉強している時に魔が差してお金を持ち逃げしてレスリーと愛の逃避行に走ったのだろう。

そしてパスポートを返して貰えなかったレスリーはトニーの居なくなったアパートに移り住んで
きっともう会えないだろうトニーを思い出して泣いていた。

映画を見終わった時

え!!これで終わり?
レスリー置きざりやん!
パスポート無いし!!

って思ったけど
夜更けの凍えるような気温の野外に追い出して「凍えて死んでしまえ!」とトニーが言うほどレスリーとトニーの関係は他人が口出し出来ない程の事が何度もあったのだろう。

トニーがレスリーと会うのが怖い
パスポートを返すことよりもまた
「やり直そう」と言われるからだとつぶやいているシーンがある
恋人の顔を見てしまうとトニーは永遠にレスリーから離れられない
その為にパスポートも返さず黙って帰国したのだろう

恋人と共に落ちぶれて破滅するより
トニーは自分の生まれ育った場所へ帰る事を選んだのが分かる。

レスリーも本気で帰国するつもりがあるなら大使館にパスポート紛失届けを出せば、時間はかかってもどうにか帰国は出来るはずだ。

この映画を見終わると
やるせない気持ちになると同時に、身を焦がす程の恋をして、憎み合うほどの愛をぶつけて、それでも分かり合えなくて求め合う恋愛を羨ましく思う

決して本人には良い思い出ではないだろうが、ウォン・カーウェイ監督はよくこんなにもつれた愛憎劇を撮れたなと思った。

いったい監督はどんな恋愛をしてきたのだろうか?

この映画を見ると「ブエノスアイレス 摂氏零度」のメイキング映像の貴重さがよく分かる、丸ごと出番がカットされた俳優もいる、アルゼンチンまで撮影に行って、散々日程がずれ込んだ上に自分の出番が丸ごとカットされるなんて本当に役者の仕事って大変だと思う。

「同性愛者の役はやらない」と最初の脚本を監督に返して出演を断ったトニー・レオンは、結局レスリー・チャン演じる恋人に散々振り回される役を演じ切っていた。

この作品は私にとっていつまでも心に残る映画になるだろう

2人のケンカの何処かの場面は、自分にも経験があると思うと「あの頃」を思い出してしんみりした気分になる。

この「気持ち」には上手く名前が付けられない。

ウォン・カーウェイ監督の映画にはよく安アパートが出てくるが
今回もトニーの住んでいる安アパートが出てくる、この監督の描く安アパートは見ていてなぜか住んでみたくなる
スプリングがむき出しになっているベッドもなぜか寝て見たくなる
それは常に色合いが暖かくて、全体的に御伽噺の絵本の中のように感じるからだろうか?

そこに確かな愛があった事が伺える。

舞台がアルゼンチンだからか
異国情緒がノスタルジックに流れるタンゴの調べと共に何とも物悲しい雰囲気を味わえる映画だった。

しばらくしたら絶対また見るだろう。

余談だが
去年は3月22日にレスリー・チャンの
「欲望の翼」を見てレビューを書いている
今年は3月20日に「ブエノスアイレス」を見てレビューを書いている

4月1日はレスリー・チャンの命日だから、
毎年レスリーの映画をこの時期に見ると、もうこの世にいないのかと本当に残念に思う。

数ある映画に感動して
好きな俳優も沢山いるのに
レスリー・チャンの命日だけは毎年意識してしまうのは、多分レスリーが亡くなる前後に彼が命を絶った場所に私が出入りしていたからかもしれない。

仕事で香港に行く度にそこのレストランで食事をしていた。
地元の人は「ここはレスリー・チャンの定宿なんですよ」と度々誇らしげに語っていた場所だ。
命日が4月1日だったために最初にニュースが流れた時は多くの人と同様に私も「エイプリルフール」の冗談だと信じなかった、その事が今でも鮮明に思い出される。

この後、久しぶりに
「さらばわが愛、覇王別姫」をこれも数年ぶりに見る予定。
レスリー・チャンを初めて知った映画、またレビューが書けたらいいなと思う。
soffie

soffie