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ブエノスアイレス 摂氏零度のsoffieのレビュー・感想・評価

4.5
1997年に公開されたウォン・カーウェイ監督の「ブエノスアイレス」
この映画は1999年に監督本人や俳優、撮影スタッフの語りで、映画の場面も交えて作られたメイキング映画。

本編映画「ブエノスアイレス」は
カンヌ映画祭招待作品として上映されて、ウォン・カーウェイは「監督賞」を受賞、

主演のトニー・レオンは香港電映金像奨主演男優賞を受賞した。

私はウォン・カーウェイ監督の作品が好きだ。
語れるほど詳しくは無いが映画館上映とDVDで殆ど見ている。
監督を追いかけて作品を見たのではなく、ある時好きな映画の事を話していて
「ウォン・カーウェイ監督の作品が好きなのね」と友達に指摘されて初めて同じ監督の作品だと気付いた。
それからは意識して見るようになった。

トニー・レオンとレスリー・チャンというアジアの二大巨頭の有名俳優を主演と助演に迎えたこの映画は、この「摂氏零度」の中で監督本人が語っているように

「香港の裏側のアルゼンチンに興味がありずっと惹かれていた」と監督が憧れた外国の地で撮影された。

映画は今もカルト的な人気があり1997年というミレニアム以前のまだ世界的に「LGBT」が「LGBT」と呼ばれる以前(少なくとも日本では今程表立っていない呼び方だった)の世界線で、有名俳優がゲイの恋人同士を演じ、又アコーディオンの哀しい響の中で男同士でアルゼンチンタンゴを踊るなんとも気だるく淫靡な雰囲気を醸し出す映画として多くのファンに愛されている。

この映画は最初からウォン・カーウェイのウォン・カーウェイらしさが語られている

ウォン・カーウェイ監督とトニー・レオンは監督と俳優として旧知の仲、以前の作品「欲望の翼」でもレスリー・チャンも一緒にタッグを組んでいるが、表に顔を出さない撮影スタッフも「カーウェイ組」としてアルゼンチンに飛んで撮影の準備にかかったと語られている

ウォン・カーウェイ監督は脚本家でもあるので、「やっぱり違うからもう一度最初から書き直す」と監督が言うと全ての撮影がストップする。

監督がどれくらいいつもギリギリで映画作品を作っているかは「欲望の翼」や「花様年華」の映画説明などで書かれているが、本当に「変更大好き」監督。
そして撮影期間が大幅にずれ込み、費用が底をついてにっちもさっちも行かなくなる事は毎度のお約束。

「欲望の翼」ではレスリー・チャンの主演する話と、トニー・レオンが主演する話の二本立てが予定されていたのにレスリーの方の脚本を書き直し、撮影がずれ込み費用が底をついてしまった為に、トニーの主演の映画がセリフ無しの3分間しか無くて、見ている観客はやっとトニーが出てきたと思ったら「特典映像」さながらあっという間になんの説明も無く終わってしまう。
ただトニーの無言の3分間があまりに格好良くて観客はなぜか満足してしまうというトニーマジックがある映像だった。

この「摂氏零度」の中でトニーは
「なかなか自分で満足がいく演技が出来る映画に出ていない、最後に良かった映画は欲望の翼であれ以来自分で良いと思う物が無かったから今回ブエノスアイレスで演じれて良かった」と言っている

この時のトニーの「欲望の翼」が良かったと言う言葉は、あの3分間の事を言ってるのか?それとも実は撮影された長編があったのか?定かではない…
もし長編があるなら死ぬまでに見てみたい。

監督にトニーは「ゲイの役は演じない」と最初の脚本を断ったらしいが、それならと監督は違う脚本を書いて渡した。
トニーはそれを読んで香港の裏側のアルゼンチンに飛んだのだが…
到着しても撮影が始まらず、脚本は別物の様に書き換えられ
俳優もスタッフも何もする事が無くて手持ち無沙汰のまま最初の予定の3週間が過ぎてしまったと語られている

出来上がった映画もトニーはレスリーと恋人同士のゲイを演じている…それで良かったのかトニー?と心配になる。

最初の予定の3週間の後には兵役に行かなければならないチャン・チェンの予定や、香港でコンサートがあるレスリーの予定などが押しに押しててとても大変だった事が伺える。

そんな仕事場嫌だなと思うが、どうにか作品が出来上がり上映されて評価されると、撮影隊はまた監督と仕事をしたくなる「ウォン・カーウェイマジック」

「欲望の翼」でもそうだったが
「ブエノスアイレス」もうだるような熱と湿度を感じる
その画面にある「湿度」が生命力だと語られている。

暑苦しそうな部屋で、シーツもシャツも汗に濡れている様に感じる画面の中で、男同士が抱き合っている絵は本当に暑苦しい。

でもトニー・レオンとレスリー・チャンだから尊い上に何よりありがたいのだが、ブエノスアイレスは夏以外朝夕とても寒い土地である事を撮影隊は知らなかった。

スタッフや俳優が寒さに震えている場面もある。
最初の予定がずれにずれ込むと季節も変わる、彼等は寒さに震えながら暑苦しそうな場面を撮影したのかもしれない。

個人的な自分勝手な事を言うと
美しい顔の俳優さんや女優さんが好きだ。
そして手足が長くて男性なら180cm超えのプロポーションが好みだが、俳優になるとこれがスタイルが良ければイイという訳では無い。

トニーもレスリーも180cmも無い
そして2人が並ぶとトニーの方が背が高いと思っていたら、レスリーの方が10cm近く背が高い事に気付く。

でも映画の物語に引き込まれて
それぞれが演じる役に魅入られて
場面の雰囲気に浸ると
顔の好みとか身長とか関係が無くなって、目の前にある世界が全てになる。

映画の醍醐味だろうか?
俳優が役にピッタリハマっていると文句の付けようが無くなる上に好感度さえ上がる(それが悪役でも)演技が上手い俳優はどの映画でもそれをやってのける。

この「ブエノスアイレス」のメイキング映画は本編映画を見ていないと面白くないだろう。

ただ、実は私は本編映画をまだ見ていない。(ごめんなさい)

でもストーリーはほぼ全部知ってるし
ウォン・カーウェイ作品が好きなので
「ブエノスアイレス」がNetflixにもHuluにもアマプラにも無く
DVDをAmazonで探したら1万7千円の値段がついてるし!🥲
U-NEXTの1ヶ月無料サービスに加入したので(加入した理由はSATC新章を見るためだけど)「ブエノスアイレス」で検索したらこの「摂氏零度」が配信してた

なぜ本編映画を配信しないのに
メイキング映画だけを配信してるのだろうか?本当に不思議

でもこれも今のうちに見ておかないと二度と何処にも配信されないかもしれない。
訳分かんなかったら仕方ないけどちょっと見てみようと思って見たら
ウォン・カーウェイ好きな人なら最後まで見れる内容だった。

トニーもレスリーもチャン・チェンも出て来るし、監督も出て来るし
アルゼンチンタンゴの練習シーン、エモかったし。

これで本編映画見れたら言う事無いんだけど…。

本編を見てないくせにメイキング映画のレビュー書くなんて本当にふざけた真似をしてしまったけど、見たら書きたくなったので書きました。

このメイキング映画の題名
「ブエノスアイレス 摂氏零度」は
ウォン・カーウェイ監督の言葉から取られている

「摂氏零度の地には東も西もなく
昼も夜もなく寒暖も無い
その地でわたしはさまよう人々の心情を知った」

この監督の言葉は
アルゼンチンに撮影開始のために集まった俳優やスタッフ達を待たせたまま納得が行くまで脚本を書き直し、撮影場所も決まらず、撮影費用は底が見えてきて、俳優達は自分のスケジュールを主張して飛行機で24時間向こうの母国や海外に飛び
その間も撮影は出来なくて
スタッフに「監督どうするんですか?」と毎日尋ねられる監督自身の「彷徨える心情」を語ったのではないだろうか?

ウォン・カーウェイ映画は、主人公が一般的な水準よりやや貧しいか、凄く貧しそうな映像が多いのは、そのまま監督の懐事情に比例していると考えると
俳優達が演じる悲壮な表情も鬼気迫るのも納得が出来る

「花様年華」「欲望の翼」「2049」は一部撮影場所も重なっている
それは同時にフィルムに残すために撮影していたからだが…。

混沌としたカーウェイ世界は
混沌とした撮影現場から生まれている
まさに其れがウォン・カーウェイにしか作ることの出来ない世界感なのだと思う。



最後まで読んで下さった方
本当にありがとうございます。

本編見てないけど
ウォン・カーウェイのファンなので4,5
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