emily

悲しみのミルクのemilyのレビュー・感想・評価

悲しみのミルク(2008年製作の映画)
3.9
男から身を守るために、ジャガイモを体の奥に埋められているファウスタ。母親の母乳を通して苦しみを受け継いでしまった「恐乳病」に侵されていると町の人々も本人も信じている。母親の死に直面し埋葬する費用を集めるため、ピアニストの屋敷で働き始める。男にも女にもかたくなに心を閉ざしてたファウスタが、家主に彼女の歌声を認められ徐々に心開いていく。

冒頭、母親の歌う卑猥な歌から始まる。先住民の村で母の死とは対照的に村では結婚式が盛んにおこなわれる。陽気な音楽とダンスと豪華な食事やケーキが彩を添える。鮮やかな色彩と陽気な雰囲気は村の暖かさを物語っている。一方棺桶も非常にカラフルで遊び心満載だ。明るさとユーモアがあり、死に対する解釈の違いを目の当たりにする。

ジャガイモは発芽し、日に日に育っていく。そのため毎日切り落とす作業が必要なのだ。それは体の一部を切り落とすように、痛みに満ちているが、無残にゴミと化してく。彼女の痛みで、悲しみの過去を秘めたジャガイモは皮肉にも村の人々にとっては幸せの象徴として使われる。ジャガイモの皮を長く最後まで向くことができたら、夫婦末永く幸せに暮らせるという言い伝えだ。実際結婚式の場面で皮を剥くシーンがある。

彼女が働くようになるピアニストの女性は白人である。ファウスタは先住民であり肌の色は浅黒い。当然二人の間には完ぺきな格差があり、埋まらない上下関係が存在する。しかしその境界線をグレーにしていくのが彼女の歌なのだ。即興の歌声は雇い主の心を掴み、少しずつファウスタも心を開き始めるのだ。その過程に重要な役割を果たすのが同じ立場の庭師である。彼が屋敷を訪れて、扉を開ける際のファウスタの見せ方が幻想的で美しい。扉の死角になり彼女のきれいな部分だけが映る。ごろっと黒目の多い目が済んで映り、まるで恋する乙女のように煌びやかに見えるのだ。

彼女は一人で家まで歩いて帰ることが怖くてできない。山に張り付けられたような長い長い階段を山に沿ってのぼり、屋根のない家に帰っていく。家も山にぴったり張り付くように立っており、ペルーの乾いた土一面の景色からは砂埃にまみれている。そんな中で生きる人々の閉鎖的な村の日常を観察し、ファウスタが抱えさせられた苦しみや悲しみをじわりじわりと感じる。日々が過ぎ、たくさんの結婚式を祝っても、母の遺体はまだ手元にあるままだ。死と生が同じ空間で交わり、生の力が勝っていく。

ジャガイモだってか細いながらも花を咲かすのだ。ファウスタが人との出会いにより、ほんの少し自分をいとおしく思えるように成長していく。最後には表情にも変化が見られ、そのラストに安堵を覚える。土のにおいをかぐように、風に舞う土のざらつきを感じるように、独自の色彩とスローテンポに溶け込む空気感がじっくり余韻を残してくれる。
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