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河のgenarowlandsのレビュー・感想・評価

(1951年製作の映画)
3.6
インド、ベンガル湾に注ぐ川の畔に住む少女達が同じ大人の男性に恋をすることで心の痛みを知り成長していく物語。

監督はルノワールの息子。色彩の柔らかい美しさは絵画のよう。

タイトルの河はインドには欠かせない聖なる場でもあり生活の場でもある。弔いの場であり再生の場でもある。人の一生を表す象徴の場。

一人の少女が体験した物語の語りによって進んでいく。

しかしながら少女達は河と直接ふれ合うこともしなければ近寄りもしない。

インド人と西洋人とのハーフの娘が高まった恋心と不安を鎮めるために、河にさっと足を浸す。

主人公の、物語を語る少女が、自分を責め舟に乗り流されるシーン。

その2ヶ所しか河と少女達は直接関わっていない。

これから知るであろう人生の苦しみ喜びの河。恋の切なさでその河に近づきつつある少女達。その大切な時間が描かれている。

他のレビューにもあるように、主人公はじめ少女達は、こちらが期待する「少女像」とはずいぶんとかけ離れている。父ルノワールが描く柔らかく上品で微笑みを絶やさない夢の中にいる少女達とは、対照的だ。

子どもというものは身の回りの動物や自然と自分自身との間に区別がついていないものです。という大人の言葉があった。

衝動的で思慮浅く感情を抑えられない。自分の思い通りに相手に動いてもらいたい。自分の欲求を隠せない。あるいは自分の本当の思いに気づけず、正反対のことをしてしまう。

初恋とは、思い通りにならない他者と初めて出会い、他者愛と自己愛が同時に沸き起こる抑え難き矛盾した感情の泉である。

夢が現実になると夢を見ていたほうがよかったことに気づく少女。
自分の見る世界と他者の見る世界が違うことに気づいた少女。
他者に愛されるには自分自身を愛さなければならないことに気づいた少女。

多くの小説家、画家、映像作家が「少女」を描いてきたが、誰が「少女」を知っているのか? 少女は、自分自身をもてあまし、その自分自身をわからないからこそ、まだ「少女」なのである。多くのアーティストに描かれた「少女」は「期待している少女像」を映したものにすぎない。そうルノワール監督は(まだ夢の中にいる)少女達を少女の言葉を使ってそのまま写したのではないか。

リアリズムに近づこうとした作品ではないかと思った。
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