めしいらず

こころのめしいらずのレビュー・感想・評価

こころ(1955年製作の映画)
3.5
原作小説は生涯でも指折りの読書体験だったけれど、この映画はその原作を過不足なくまとめ上げた見事な映像化だったと思う。陳腐な作品なら内省描写に台詞やナレーションを使って説明的になってしまうところだが、市川崑はそんな安っぽいことはやらない。表情に頼らぬ抑えた演技や見せ方の工夫によって波立つ内面を感じさせる。流石の演出力である。ただそんな風に非常にハイレベルなやり方であるが故に原作の深みにまでは届いていないかも知れない。森雅之演じる先生の冷たさが似つかわしくてとてもいい。利己的で卑劣だった先生のありように私はここでも身につまされる。K=梶の遺体の横で遺書を確認して戻すあの胸が悪くなるような冷静と卑劣。高邁闊達な精神を得ようとするほど卑小なる自分をまざまざと見てしまい苦悩を深める若者たち。漱石の人間洞察は本当に凄まじい。市川崑らしい日本家屋の陰翳や線をモノクロで美しく捉えた映像はここでも見られる。
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