Kuuta

息もできないのKuutaのレビュー・感想・評価

息もできない(2008年製作の映画)
4.2
ヤン・イクチュンはこの映画を「自分の30年分の日記」と語っており、色んな感情が絡み合ったこの雰囲気を言葉にする事の難しさ…とにかく強烈な作品なので色んな人に見て欲しい。

お話自体は粗暴な借金取りサンフン(ヤン・イクチュン)と、孤独な女子高生ヨニ(キム・コッピ)が出会い、共に生きようとするという珍しくもない内容だが…。超低予算で(資金確保のため自宅を売った)、映画の技術も自己流。こうした経緯を知ると、本作の生々しい空気感も納得。当然粗さもあるが、2時間超全く目が離せなかった。原題は「くそバエ」。韓国語の罵詈雑言のニュアンスが分からないのが悔しい。

殴る人と殴られる人が同一カットでほとんど出てこない。冒頭の学園デモの襲撃で、サンフンが味方を殴る様を見せないように、それぞれの表情をアップで見せ、カメラを揺さぶりながら暴力を振るう側の痛みを描く。彼は暴力の世界に生きて、それ以外にコミュニケーション手段がなかったように見えた(暴力の世界を否定しようとした父親に対して、「どうして謝るんだ。どうして、どうして…」)。粗暴だけど根は良い人っぽいサンフンのキャラクターに、ヤン・イクチュンの面構えが完璧にハマっている。

ヨニの心の歪みの中心にある、母の死。最後までそれをサンフンに曝け出すことはない。漢江のシーンでは互いに異なる、だけど本質的には同じ理由で泣き合う。虚勢を張る2人の一瞬の心の邂逅だが、ここでもヨニが声を上げることはないし、サンフンは自分の顔を手で覆ってるからヨニの様子に気付かない。こうやって感情を押し殺そうとしてきたヨニが、ラストカットではあまりにキツイ現実を突き付けられる。気の強さと脆さを兼ね備えたキム・コッピの演技が素晴らしい。

アバンタイトルのやり取りで全体の構成、テーマを示す。街で買い物する場面など、良い意味で「普通の時間」が過ぎる時にだけBGMが流れるが、それ以外ではとにかく淡々とした無音の世界が続く。人物のフレームインを色んなドラマの着火剤にするカメラワークや長回しも面白い。服装も絶妙。サンフンのチンピラ感もさる事ながら、ヨニのピンクのカーディガン、あればっかり着ていて文字通り「一張羅」なんだろうと思った。甥っ子の学芸会の役がピーターパンで、幼少期から時間が止まっていたサンフンの内面と重なる気がした。

コメディ的な演出も随所に。「高校生」ファンギュ君のセーターのチョイスと人当たりの良さ。コーンフレークのオタクと一緒に食べるジャージャー麺も可笑しい。

サンフンが携帯を買うのは人と繋がろうという心の変化の表れ。暴力の連鎖、因果、「人を殴る奴は自分は殴られないと思っている」。親父のようにはなるまいと決めていたサンフンも、結局は暴力に傾倒してしまう。その姿を甥っ子に見られた時の絶望たるや。一見良い人に見える社長だが、回想シーンで見せる表情からも、実は社長こそが暴力の連鎖の頂点にいる怖い人物なんだと考えさせられる。サンフンが繋いだ焼肉屋でのみんなの表情はとても暖かいが、彼らはそれぞれの冷たい過去を知らない。いずれ起きるかもしれない関係の崩壊を、ラストで示唆していると思った。全然書ききれない…。83点。
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