息もできないの作品情報・感想・評価

「息もできない」に投稿された感想・評価

Saki

Sakiの感想・評価

4.0
決して好きなタイプの映画ではないけど(むしろ苦手)、でも引き込まれて、4.0をつけてしまうくらいの強い映画。人間の闇と光が詰まった映画。

あゝ荒野を見てこの映画を知って見てみたけど、ヤンイクチュンすごい。
これは誰がなんと言おうと「あったかい」映画。

映像の半分近くが殴打と悲鳴、殆どのセリフに「クソ野郎」と「クソアマ」。殺しは無いにせよ血は出るし、喧嘩シーン以外は基本胸が苦しい。
基本バイオレンスなのが多いのが韓国映画で、これもでしょ?ってのも否定はしないけど、そこはちょっと我慢して観てほしい。

内側からじわっと染みてくるような温かさ、人の温かさがある。不器用な二人のやり取りは、温かい人との関係を思い出させてくれる。

観た直後補正はあるけど、観た直後だけでもこんな気持ちになれるなら、観る価値はあると思います。
評価は評論家に任せて、僕らは有り難く感動しときましょう。

どんなエンドを期待して観ても、あらゆる予想に耐えうるものでしょう。おそらく。


あと、つまんなかったらこれだけ言おうと思ってたんですけど、サンフンはサッカー日本代表の井手口に、ヨニは乃木坂46の鈴木絢音に似ています。
Kinakosan

Kinakosanの感想・評価

4.5

このレビューはネタバレを含みます

あゝ荒野からの余韻、ヤン・イクチュン作品を観る!

公開当時観てからの、2回目なので、かなり初見の気持ちでしたが、観ていて思い出してきて、どんどん苦しくなる、、、。

光のさす方向にやっと向かった時、人生が終わらされる。それは、自分の今までの生き方の結果であり、暴力の連鎖は止まらないんだと、思い知らされる。

少し違うけど、レオンを思い出しました。やっと見つけた幸せが、すぐそこにあって、自分の気持ちに素直になって、まっすぐそこに向かっていく人は、無防備で、それを許さない人がすぐそこにいて、一瞬の隙を見逃さない。

罪を許すとか、許さないとか、因果応報とか、何を私たちに投げかけているのか、、、。そういうのもあるのかもしれないけど、ヨニとサンフンが同じ痛みを分かち合って泣いていたあの時間ほど、救われるものはないなぁと思う。

世の中には、単純なハッピーエンドじゃないことのほうが多いから。この複雑な気持ちは、しんどいけど、深く心に刻まれる作品でした。

このレビューはネタバレを含みます

韓国映画か、、なんて思いながら観たけど、すばらしい作品だった。読みやすい展開だけど、土手で2人で泣くシーンはぐっときた。主人公のサンフンには幸せになってほしかったなあ。けれども、ハッピーエンドだったら観た価値のない映画になっていただろうからあれでよかった。

主人公が死ぬシーンで周りが泣くところが韓国映画っぽくて興ざめだったのと、奥底にしまって忘れていた嫌な記憶をぽつりと思い出したので、そこが減点、、
Airi

Airiの感想・評価

4.5
どうしようもない人ばかりだし最後の方は結末が見えてしまったけど、それでも涙が止まらなかった。
rika

rikaの感想・評価

4.0
観ている間中、息苦しかった。
力のある映画。
観て良かった。
uca

ucaの感想・評価

3.4
前半は暴力で 後半は心理的に、ずっと痛い作品だった。
初めて韓国映画を見たけど今までに出会ったことないタイプの映画。
基本的にどんな話でもヤクザとか裏社会の人に感情移入できないけど、この映画は嫌でもサンフンに泣かされる。
ヤンイクチュンが天才なんだろうな〜
なかなか鑑賞する機会が無かった本作品。
かなり遅ればせながらの鑑賞。

「何だよコレ、泣いちまったよ…イイじゃないか…」と言うのが率直な感想。

「良い」とは聞いていたものの、正直ナメてた。

まず、本作の監督だが魅せ方が上手い。
独特な一見ドン臭い見せ方なのだがそれが『逆に思ったよりも心に響く見せ方』になっており、結果 心をグラグラと揺さぶられ、中盤から終盤にかけての畳み掛けるような展開、ついには最後完全に飲み込まれてしまった。

オープニング、いきなり暴力から始まって、最後まで全編暴力の嵐。
カメラアングル的に殴る側と殴られる側が一緒に映るシーンがほとんど無く『殴る行為そのものよりも、役者が表現する感情を見せたかった』らしいのだが、これが大成功している。
暴力を振るわれる側の痛みだけではなく、振るう側の痛みもリアルに伝わってきた。

かと言って、暴力だけの作品かというとそうでも無く、ユーモアも持ち合わせている。(出ました お約束ジャージャー麺!)

役者陣も皆 素晴らしかった。

まだ未観の方は、騙されたと思って是非鑑賞してみてください。
感想を述べるのが難しく、何が良くて悪かったのか鑑賞中にはさざなみの様に思った事がありましたが文章になりません。

私が注目したのは女子高生ヨニ。
家庭内は無茶苦茶。父は壊れてるし、弟はヨニから金をむしり取り遊び呆ける生活。本当はこんな生活は嫌で嫌で逃げ出したいはず。当然、温かく家族愛のある生活を望んでいるはずです。
だけど、主人公サンフンには本当の事を言えず、家庭は平穏で幸せなフリを演じます。
何故、自分が辛いことを素直に打ち明けてしまわないのか?
現実生活では無表情でも、サンフンと会っている時だけは笑顔なヨニ。楽しい気持ちになれる別世界の生活を壊したくないから、演じていたのではと思うと悲しくなります。
そして、夜の漢江のほとりでサンフンが今の自分の心境を素直に吐き出し泣き出すと、ヨニも一緒になって泣きます。強がって自分の不幸を今まで見せる事の無かったヨニが、自分の気持ちに正直になって、我慢していたの感情が爆発して流した涙です。
ヨニもサンフンもこれまで無理をしていたのが分かるから、泣けてきます。

誰彼構わず殴りかかる主人公・サンフン。危険な男ですが魅力的でした。
甥や姉の事を無口に気にかける温かさがあったり、殴って気絶させてしまったヨニを、眼が覚めるまで側にいて待っている優しさ。
ぶっきらぼうな態度や汚い言葉で損をしていますが、いざという時に頼りになる人はこんな人なんだろうなって思いました。
監督・脚本・主演、ヤン・イクチュンの鮮烈な長編映画デビュー作。とんでもない才能である。

父の家庭内暴力

歪んで育ちヤクザとして暴力に明け暮れるサンフン

屈服しそうになっている女子高生ヨニ

母と共に逃げ出した少年ヒョンイン

境遇を共にする三人の出会い。


作用と反作用

殴られた頬と同じだけ殴った拳も痛む。
しかし加害者が正当化されるはずがない。
だからこそ、拳の痛みには救いがない。

ネットが世界を繋ぎ個人が簡単に地域も国も飛び越えてしまう時代にあってこそ、家族の話から一向に広がらないこの作品世界の狭さに驚愕する。

家庭の閉鎖空間で生じる虐待は、一般に不正である。しかし、それを不正と糾弾する者は常にその家族の「外側」に居る。
地域、企業、家族。共同体の規律自体の不正を、その共同体の規律からは摘発できないからだ。
つまり、父親の暴行はそれが発生する家庭内では正当化された力であり、それを悪として排除するためには、父親よりもより強い力で、父親を屈服させる必要がある。そして基本的にその力は「外側」にしかない。
したがって虐げられた者は「外側」について学ぶべきだし、だから弱者は習性として、共同体の規律に「外側」の価値観を密輸する、あるいは共同体の実態を「外側」に密告するあらゆる術を身に着けるはずなのだ。全ては「外側」に出るために。
「ここ」ではない「どこか」へ……。

しかし、あまりにも根本的に踏みにじられ心を閉ざしたサンフンは、「外側」の景色について何も知れなかった。その景色とは具体的には、保健所による保護だったのかもしれないし、警察の介入だったのかもしれない。
ただ、サンフンの世界には家族の「外側」など存在せず、父親を止めるために、父親を殴るしか手段がなかった。
「ここ」から、サンフンは出られなかったのだ。


近年において、「外側」に出られない、という感覚は、何か物理的な拘束をするような舞台装置によってか、あるいはファンタジーの世界でしか成立させにくい要素だと思う。「外側」に繋がる方法について簡単に知識を得られる時代だからだ。
にもかかわらず、まさに「息もできない」閉塞感を、リアリズムとして描いている点が今作は優れて特異である。

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