針

立喰師列伝の針のレビュー・感想・評価

立喰師列伝(2006年製作の映画)
4.1
『されどわれらが日々』という、押井守×鈴木敏夫の対談本で取り上げられていて、読む前に観ようかなと思い。

どういうものなのか説明しづらいのですが、実写を取り込んで雑に動かしたアニメ映画、なのかな?「スーパーライブメーション」と名付けられたその手法は、実写の人物写真をペラペラの紙に張りつけてアニメーションとして動かすみたいな形式で、これがチープなことこの上無し! 何しろ全然見応えがない! 失礼ながら、さすがにこれはクソ映画では……? と思いながら見始めたのですが、実際にはそのしょーもなさが非常に内容にマッチした、すごく立派なナンセンス・ギャグ映画でした。好みは非常に分かれそうですが自分は相当面白かったです。

題名の「立喰師」というのは押井守が昔からこだわっているモチーフで、立ち食い屋台でメシを食いつつ、あれやこれやと弁舌を弄して口先三寸で店主を煙に巻き、お金を払わずに店を出ることをなりわいとする、無銭飲食のプロのこと。このくだらないけど魅力的な立喰師たちのさまざまな生き様を、日本の戦後史を背景に語っていくというのが全体の構成。――逆に言うと、立喰師というナンセンスな存在をよりしろに、アウトロー的精神が社会や体制に敗北していく過程として再構成された、押井守流の日本戦後史映画でもあります。
このくだらなさとくそまじめさの混淆具合が非常にちょうどいい。この手の戦後史を徹頭徹尾まじめにやってたらまぁ教科書的なものにしかならないと思うのですが、それが個の敗北の歴史であるというのを前提においた上で、しょうもないギャグまみれで展開することでうまーくバランスが取れてる気がしました。

あとこれは壮絶なナレーション映画でもあります。山寺宏一演じる語り手が訳のわからん理屈をえんえんまくし立て続けるいい意味での口八丁映画で、こういう無意味な長広舌が押井守はやっぱりすばらしいと思いました。歴史の悲劇を語ってるくだりとかもありつつ、よく聞いてみると何の内容もないことを延々くっちゃべってるだけのシーンもあったりして楽しい!

映像面では、キャラクターのシーンはペラペラアニメ。それ以外の部分はCGで作った映像と、NHKの歴史ドキュメンタリーで引用されるような過去の記録写真っぽいイメージショットで埋められています。キャラクターの部分はめちゃくちゃチープなのにそれ以外の部分が非常に硬派な歴史ものみたいな感触で、その落差がまぁ~見せますねー。

ギャグの中身も、驚くほど直球のパロディとかが多くて、細かいことは覚えてないのですが呆れるほどくだらなくて何度も笑ってしまいました。日米安保とか東京オリンピックとか、大枠の事件はまぁふつうなんだけどそれ以外に取り上げられてるマイナートピックがいい感じにみんな間抜けてる。戦後史を語るってときにそんなニュース持ってくる奴いねえわ!? って感じがおもしろいです。

難点としては、後半若干息切れしてる感じがしたことかなぁ。この映画で使ってるような語彙で語るとすると、70年安保&三島由紀夫事件&連合赤軍事件によって政治の季節は終わり、日本は高度経済成長の果ての大量消費社会に入るわけですが(笑)、そこからのパートは無銭飲食のプロという立喰師の設定が事実上成立してないような気はちょっとしてしまって、一貫性という点でやや微妙かも。ただし○○ランドのくだりはそのまま不条理掌編小説にできるぐらいのおもしろさでしたねー。

あとは数々の劇伴をこなしてきた川井憲次による超大時代なBGMもおもしろかったです。挿入歌もなによこれ? って感じでいいかなと。

……ということで全然まとまりのない感想ですが、個人的には超絶くだらないと同時にめちゃくちゃ見応えもあるヘンな映画でかなり楽しかったです!
ただし、やっぱり押井守のふつうのアニメ作品をいくつか観たうえでこちらに進むというルートのほうがオススメかなー。完全に半周裏にまわったようなタイプの作品なので……。
しかし振り返って考えても、ぎりぎり・スレスレのところでかろうじて観られる映画としてなぜか完成することのできた名作! という感じがします(褒めすぎか)。
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